一夜限りだったはずの相手から、甘美な溺愛が止まらない。
「すみません、わたくしミツムラ食品の谷口と申します」
「ようこそいらっしゃいました。今日はどのようなご用件で?」
鳳間ホールディングスが丸ごと一棟所有しているこのビルは、ドイツの有名な建築家によって手がけられたこだわりのデザインと最新の技術が集結している、今、もっとも最先端なビルなのだとニュースで取り上げられていたことを思い出した。
辺りを見回すと、一階の受付フロアでさえ白を基調とする洗礼された内装と、天井から吊るされているアート作品が特徴的な創りに、思わず目を奪われてしまいそうになる。
「鳳間瑛人様の旅館建設の件で、弊社の佐伯から資料を預かっておりまして、こちらを鳳間様にお渡しいただきたく持参いたしました」
「かしこまりました、少々お待ちくださいね」
あぁ、鳳間さんの名前を出すだけで緊張してしまう。
今、このビルのどこかに彼がいるのだと思うと、それだけで心臓の鼓動が早くなっていく。
「お待たせいたしました、谷口様。ただいま確認しましたら、鳳間が十五階の専務室にて直接お会いしたいとのことですので、どうぞこちらからお入りください」
「え!?あ、あの、直接……ですか?えっと、鳳間様の秘書の方にでもお渡しいただければそれで……」
「鳳間は海外支社からこちらに帰社したばかりですので、まだ専属の秘書がついておりません。おそらく、その関係で直接持参いただきたいとの趣旨かもしれません」
「……そう、ですか」
直接会うとは夢にも思っていなかった私は、一気に動揺してしまう。
どうにか平静を保ちながら、案内人の後ろを黙ってついて歩いていく。
「(この資料を渡して、あまり長居しないようできるだけすぐに帰ろう)」
頭の中でいくつものシミュレーションを行いながら、静かなエレベーターへ乗り込んだ。
二階、三階と上昇していくこの時間が、嫌に私を焦らせる。
「──ミツムラ食品の谷口様が到着されました」
「どうぞ、入ってもらってください」
約二週間ぶりの彼の声を聞いた途端、ドタバタと暴れまわる私の心臓に何度も『お願いだから静かにして!』と懇願しながら、案内人に代わって目の前の扉を三度ノックした。