一夜限りだったはずの相手から、甘美な溺愛が止まらない。
鳳間さんのその言葉を聞いて、ドクリと胸の鼓動が不穏な音を立てた。
きっともう、逃れられない。
鳳間瑛人という人間からは、もう──……。
「では、一緒に戻りましょうか」
「……は、はい」
どうしよう、どうしよう、どうしたらいい?
鳳間さんの姿を追うようにお座敷の部屋に戻りながら、頭の中はこのあとに控えている"個人の話"のことで頭がいっぱいになった。
『あのときは不幸が続いて荒れていました』と当時の事情を説明して謝り倒したほうがいいだろうか。
それともお金で解決する……って、長者番付の上位に名前を連ねる彼に、私の持つ微々たる金銭が交渉手段になるはずもない。
いったいどうすればいいのだろう。
頭をフル回転させて考えてみても、一向に答えが見つからない。
「お待たせしました。さぁ、話の続きをしましょう」
鳳間さんと二人で元いた部屋に戻ると、佐伯部長の鋭い視線が私を突き刺した。
そして怒ると手を握り締めて怒号をあげる部長の癖で、すぐに分かった。今から私は、鳳間ホールディングスの方々の面前で叱咤されるのだと。
「君ねぇ!鳳間さんにご迷惑をおかけするなんて……っ、いったいどこで何をしていたんだ!」
「すみません、でした……っ」
「すみません、じゃないんだよねぇ!毎回君は謝れば事済むと思っている節があるんだ!」
そんなこと、今言わなくていいじゃない。だいたい、私が抜けたところでなんの問題もないはずなのに。
それでも一向におさまらない部長の激しい物言いに、他の人達は引き気味にこちらを見ている。
頭に血が上っている部長は、どうやら周りが見えていないようだ。
「……っ」
耐えなくては、ひたすら謝らなくちゃ。
いつもみたいに、心を殺して……凌げばいい。
「だいたい君はいつも……!」
「――佐伯さん、その辺にしては?」
部長の言葉を遮るようにそう言ったのは、他でもない鳳間さんだった。
料亭の中居さんにメニュー表を渡しながら静かに放ったその一言で、この部屋の空気が一変したのが分かった。
「い、いえ鳳間さん!この女を庇うことなんてないんですよ!いつも気が利かない使えない者でして……」
「彼女にも事情があるんです。理解してあげてください」
「し、しかし」
「この話題にはあまり触れないように」
「でも」
「──これ以上触れるな、と言ったんです。早くプレゼンの続きを」