一夜限りだったはずの相手から、甘美な溺愛が止まらない。


 鳳間さんのその言葉を聞いて、ドクリと胸の鼓動が不穏な音を立てた。

 きっともう、逃れられない。

 鳳間瑛人という人間からは、もう──……。


 「では、一緒に戻りましょうか」

 「……は、はい」

 どうしよう、どうしよう、どうしたらいい?

 鳳間さんの姿を追うようにお座敷の部屋に戻りながら、頭の中はこのあとに控えている"個人の話"のことで頭がいっぱいになった。

 『あのときは不幸が続いて荒れていました』と当時の事情を説明して謝り倒したほうがいいだろうか。

 それともお金で解決する……って、長者番付の上位に名前を連ねる彼に、私の持つ微々たる金銭が交渉手段になるはずもない。


 いったいどうすればいいのだろう。

 頭をフル回転させて考えてみても、一向に答えが見つからない。


 「お待たせしました。さぁ、話の続きをしましょう」

 鳳間さんと二人で元いた部屋に戻ると、佐伯部長の鋭い視線が私を突き刺した。

 そして怒ると手を握り締めて怒号をあげる部長の癖で、すぐに分かった。今から私は、鳳間ホールディングスの方々の面前で叱咤されるのだと。


 「君ねぇ!鳳間さんにご迷惑をおかけするなんて……っ、いったいどこで何をしていたんだ!」

 「すみません、でした……っ」

 「すみません、じゃないんだよねぇ!毎回君は謝れば事済むと思っている節があるんだ!」

 そんなこと、今言わなくていいじゃない。だいたい、私が抜けたところでなんの問題もないはずなのに。

 それでも一向におさまらない部長の激しい物言いに、他の人達は引き気味にこちらを見ている。

 頭に血が上っている部長は、どうやら周りが見えていないようだ。


 「……っ」

 耐えなくては、ひたすら謝らなくちゃ。

 いつもみたいに、心を殺して……凌げばいい。

 「だいたい君はいつも……!」

 「――佐伯さん、その辺にしては?」

 部長の言葉を遮るようにそう言ったのは、他でもない鳳間さんだった。

 料亭の中居さんにメニュー表を渡しながら静かに放ったその一言で、この部屋の空気が一変したのが分かった。


 「い、いえ鳳間さん!この女を庇うことなんてないんですよ!いつも気が利かない使えない者でして……」

 「彼女にも事情があるんです。理解してあげてください」

 「し、しかし」

 「この話題にはあまり触れないように」

 「でも」

 「──これ以上触れるな、と言ったんです。早くプレゼンの続きを」


< 9 / 21 >

この作品をシェア

pagetop