君と青空を泳ぐ


私は何とか気持ちを落ち着かせようと窓を開けると、すっと冷たい空気が舞い込んできた。

今は何故かそれに晒されていたくて、そのまま外を眺めてみる。

目の前には沢山の家の光が、街一面に広がっていた。

それは、人々が作り出した地上の星のように思えた。それぞれの幸せとか、生活とか温かさがそのまま光になって、苦しい私の心を照らしている。そう見るとますます美しく感じてしまう。

そんなことを思いながら外を眺めていると次第に怒りが吸い込まれていって、ようやく落ち着きを取り戻した私は、そばにあったスマホの画面を開く。

気分を変えようと動画アプリを開いて、いくつかの動画をスクロールする。すると、最近流行りの歌動画が耳と目いっぱいに広がってきた。

「」

音に合わせて口ずさむ。これは以前翔くんがおすすめしてくれて、それから私もよく聞くようになった曲だ。

特にaメロの落ち込んだ暗い曲調から、だんだん盛り上がって、サビでその全てを覆す力強い音を成すところがお気に入り。

 一度聞き終わると少し楽しい気分になって、また画面をスクロールする。

次にかわいい動物が液晶いっぱいに表示された。雪の中で二匹の犬と猫が駆け合っている。

雪で真っ白に染まったアメリカンカールの黒猫が前の白猫にちょっかいをかけると、それに元気な柴犬が反応する。それからじゃれあって追いかけあって…

 ペット欲しいなあ…。一人暮らししたら生き物を飼って、一緒にご飯を食べて、それから毎日一緒に寝て…

 そんなことを考えていると、いきなり部屋の扉が開いて、私は肩を竦める。

「雪菜!またスマホばっかりみて。勉強は。今日はどんだけやったの」

母は叫びながら私の部屋のドアをあけて、顔を出す。

「今からやるとこなの」

「じゃあ早くやりなよ」

「もうーわかったから。はやく出てって!」

また怒った口調になってしまう。
 
せっかくのいい気分が台無しだ。ほんとに、うざい。

 仕方なく、私は机の上にある教科書を開く。

 いきなり飛び込んでくる文字の羅列に吐き気を覚えながらも、何とか目を通す。

そこにはテスト範囲のいくつかの詩が書かれていた。

一番最初に目に付いたのは、印象的な顔写真と共に載せられていた、前から三番目の句。

「いくたびも雪の深さを尋ねけり 正岡子規」

「おい誰だよこのハゲジジイ!!」

 いらつきのあまり思わず叫んでしまう。

「意味わからんし。はい、次々。なになに、くれなゐの二尺伸びたる……正岡子規」

「だから誰だよこのハゲジジイ!!」

「あーもう明日テストほんとにやばいって、もっとちゃんと勉強しないと。まずは暗記か…」

 (いくたびも…いくたびも二尺伸びたる……)

 そうは言ってみたものの、きっとこんな子守唄を読んでしまったせいだろう。

私は知らない間に、そのまま委ねられてしまっていた。
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