溺れるように愛して
ぎくり、と。分かりやすく自分の中で音がした。

表情筋が固まるように、瞬きさえ、動きを止めてしまったみたいに。


「ち、がうよ、ちがう」
「そっか」


わたしと川瀬くんのやり取りに、目の前の紗子は眉間に皺を寄せるようにしてこちらを見た。

”なんで夏目くん?”

彼の名前が不自然に出てきたことによって、彼女は明らかに疑念を抱いているに違いない。


そんな彼女には気付いていないのか「あ、でさ」と密かに流れた気まずさを消し去るかのように「呼んでたよ、花咲のこと」とアバウトな伝言を預かる。


「え?」
「あの、誰だっけ、英語の先生」
「あ、広松先生?」
「そ。追試の件で話あるって」
「あ……あ……そ、だね」


すっかり忘れていた追試という存在に、思わずゲームのバグかのような反応を見せる。

そいえばテストをサボっていたんだった。もうなかったことにしていた自分の頭は素晴らしく都合が良く出来ている。
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