溺れるように愛して
「ありがとう、わざわざ」


小さく、首を前に少し倒す程度のお辞儀をする。ぺこっと効果音がつくような、本当に控え目の。

そんなわたしに「いいよ」と優しく笑う彼はそのまま教室にいる友達に呼ばれ背中をくるりと向けた。


「えーっと、なんだろ……ちょーっと行ってこよーかなぁ……」


しどろもどろ全開に視線を泳がせれば「ちょい待ち」と当然かのように紗子の制止が入る。

彼女の聞きたいことは分かっている。そもそもそこから彼女は動いていない。会話が繰り広げられる中、じとーっとした目だけがわたしを捉えていた。


「なに、夏目くんって?」
「あの、えっと、なに……かなぁみたいな」
「わたしが感が鋭いの、天音だって知ってんでしょ」
「っ……そう、だね、知ってた」


彼女は口数は少ないが、話す内容は的確で、しっかりと的を当ててくる。

だから、背中に冷や汗が流れていくような感覚だって時間の問題で、


「もしかして好きな人って、夏目くんじゃないの?」


ドンピシャ。図星。正解。

出された名前に、上手く呼吸が出来ない程にやらかした感があった。

口をパクパクと動かし、何か喋れ、と自分に命令を下すのに、息をつくしかなかった。
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