溺れるように愛して
「……昔から、だめなんだ……キスは」
「どうして?」
「……嫌な思い出があるから」


そう言った彼は、いよいよ口を閉ざしてしまった。

きつく、きつく、まるでその思い出ごと蓋をしてしまうみたいに、奥へとしまいこんでいくような。


「……それで嫌な事思い出したから、花咲さん見た時、自然に体が動いてた」


自嘲するように「なんでかな」と、傷付いたような顔をするから、わたしは何も言えなくて。

たいした慰めも出来ないまま、ただ「そっか」と情けなく言ったような気がする。


頭ではぐるぐる考えてた。もっと踏み込んだ方がいいのかな、とか。蓋をしてしまったその思い出を一緒に開けて、克服出来るように寄り添えたら、とか。


でも、何一つとして言葉として彼にかけてあげられるものはなかった。自分の考えも上手くまとまらないのに、突っ走れないと思った。


「……疲れた、寝る」


ばふ、と後ろに倒れるようにして枕にダイブする。

抱きしめられているわたしは、そのまま一緒になだれこむように横になる。
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