溺れるように愛して
夏目くんの部屋の玄関前に歩みを進める前に普段抱くはずのない躊躇いが生じた。

なんで、と、そればかりが先行してしまって状況が上手く飲み込めない。その疑問に縛られるようにして鉛のように重い足を何とか動かしていく。

ほんの少し離れた場所から、彼の部屋であろうプレートの番号が確認出来る。やっぱりそうだ。表記されている番号は何度見ても、何度なぞっても夏目くんの部屋の番号。

だったらなんで、どうして――見知らぬ女性が扉の前に座っているのか。

不自然に鳴り始める鼓動は緊張を増幅させるように激しく音を立てる。


肩にかけた通学バッグの持ち手を無意識にぎゅっと握る。


「……あの、」


喉が震え、張り詰めたような心境が、声となって出てしまった。

わたしの問いかけに女性はゆるりと顔を上げ静かに凝視するような視線を向ける。


「あなたは?」


その問いかけは酷く優しいもので、思わず緊張の紐が緩みかける。

膝を立てるように座っている女性は、微かに首を傾げ「ああ」とどこか納得したような顔つきを見せる。
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