溺れるように愛して
「ごめんね?」


どん、と女性から鈍器で殴られるような謝罪が言葉として投げられる。

バツが悪そうに、けれどもわたしがいなくなる事を前提としたその口調は、衰弱しかけた心を抉った。

視線が泳ぐ。行き場を失った魚がまた、右に左に、泳いでいく。

悔しい。呼ばれていたのはわたしだったのに。そこで待ってるのはわたしのはずだったのに。

選ばれたのはわたしではなく、特別な関係を見せる目の前の女性である事が悔しくて仕方ない。


「花咲さん」


追い打ちをかけられるような夏目くんの呼び掛けは、まるでどこかわたしを急かすような声で。

いなくなってほしい、と願われているような感情が更に心を深く抉られていくような気分だった。


「うん、わかった」


ぱっと切り替えるように、抉られた傷が出ないように、軽快な笑みを浮かべて見せた。

悔しい、悔しい、悔しい。

そんな穢れた心を払拭するかのように笑いで吹き飛ばしてみせる。
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