溺れるように愛して
「じゃあ、またね。お姉さんも」


余裕ぶったその口ぶりは自分でも胡散臭さ満載だった。

笑みで誤魔化して、あの女性へと振り返ったけれど、視線はどこか別の場所に置いてしまった。


背中を向けた瞬間、取り繕った笑みが残るように引きつった口角が下がらなかった。


逃げるようにその場をあとにし、エレベーターになんとか乗ったところで心は悲鳴をあげる。

夏目くんが何を考えているかなんて最初から分からなかった。分かるはずもなかった。


なんでもないような顔をして、自分の領域には一切踏み込む事を許さなくて、大事な事は何も話してくれない。



本当にわたしたちは一体なんだったんだろう。



今日でそれが少し解決されると思っていた。あやふやな関係がきちんとしたものへと変わると―――


「……もう、なんで」


悔しくて、やるせなくて、どんよりとした黒い渦だけが色濃く残っていった。
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