溺れるように愛して
「そうだろうね」



彼女はふっと目を細め、吐息混じりに呆れた笑みを見せた。

わたしがそう答えるのを見越していたような顔つきで。


「ねえ、天音」


彼女の部屋には、本が溢れている。綺麗に並べられた本にまるで優しく触れるみたいに視線を落とす。



「天音が主人公でいいんだよ」
「……え?」
「いつも聞くでしょ。本の世界ならって。でもさ、天音の人生って本の世界ではないでしょ?空想上の話でもなければ、実話を基にした話でもない。今、進行形で天音が体験してる事。だから、それは本の世界ではないにしても、天音の世界ではある訳なんだから、天音が主人公になったって誰も文句は言えないよ」


それにね、


「わたしは天音が今まで体験したこと、それから、これから体験していく話は、とても価値があるものだと思ってる。天音自身が色々考えて、悩んで苦しんで、でも笑って、そんな話にはきっと、たくさんの価値が詰まってると思うんだよね」


だから、



「主人公を邪魔者だと思う読者はいないでしょ?天音目線で綴られていく話は、きっとその可愛い幼馴染だったり、そのお姉さんだったりする訳なんだから。天音が自分を卑下するような事はしなくていいんだよ。人より劣ってるなんて思わなくていい。それが天音であって、天音にしか体験出来ないことが今までたくさんあって、これからもたくさんあるんだと思う。そんな話を、わたしは絶対つまらないと思わない」


幼馴染だからね、と。
そう締めくくった彼女の話は、荒んだ心を浄化してしまうような、綺麗で、何とも言えない力を持っていた。
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