溺れるように愛して
「……知ったような口ぶりだね」
「そうだね。俺の家庭がそうだったから。不思議に思わない?男子高校生が一人暮らししてるって。両親共に健在で、離婚してる訳じゃないけど、中身はぐちゃぐちゃだよ。二人の結晶みたいな俺でさえ嫌悪感しか抱かないんだって。だから追い出すようにこの部屋に詰め込まれた。喧嘩が絶えなかったし、俺は結果的にこれで良かったけどね」


他人事のように語られていく夏目朝陽という人間の人生。

それはわたしが考えるよりも遥かに冷たい話で、そんなものを背負ってきたように見えないからこそ、踏み込んだ今、どんな顔をしてていいか分からない。


「話が逸れたね。戻そうか」



彼は少し困ったように笑う。重苦しいこの空気を少しでも消すみたいに。


「……キス、してくれないのは」
「俺にとって、キスが良い思い出じゃないから。嫌な記憶に花咲さんが結びつくのが嫌だった。無垢で真面目で、そんな人とキスは出来ないと思った」
「……最後までしてくれないのも」
「そうだね。俺にはそんな資格がないと思ってたから……なんてかっこいいこと言ってるけど、結局花咲さんの体に触れてるのは事実だから、これは言い訳みたいな話になるね」


少しづつ、少しづつ、欠けていたピースが集まるみたいに埋まっていく。
わたしには計り知れない何かが、いつだって夏目くんを襲っていたんだと思うと、やるせない気持ちになる。情けなくなる。



「……今は」


怖い。この先を聞いてしまうのが。

もう冗談では済まされなくなっていく。済ましてはいけなくなっていく。
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