溺れるように愛して
全部、全部丸聞こえ。初めて聞いた幼馴染の名前。”穂乃花って名前なんだ”なんてしっかりインプットしちゃって。

幼馴染ならではの会話に嫉妬心はメラメラと静かに燃えていく。

フィールドが違うっていうのに、私はどんどん欲深い人間になってる。

昨日だって、私に触れてたくせに。今ではまるで他人みたいな顔して飄々としちゃって、私なんて存在に気付いてないような顔しちゃって、平然と日常を続けて。

相変わらず男の癖して私よりも艶のありそうな髪質にまで嫉妬する。その横に更にツヤツヤ髪が存在するんだから、もう嫉妬のパレード。

こんな会話を聞いておきながら、私は彼へ抱く恋心を消せないし、バスの時間だって戻せない。

彼と会えるこの時間に乗る為にわざわざ早起きして、少しだけ色気づいちゃって。

この可愛い彼女を見ることになっても、私はやっぱり時間を戻せない。好きになったら負けとはよく言う。

「ひどいなぁ。朝陽は私のこと裏切らないって約束したのに」

「……裏切ってないだろ」


妙な間。違和感が拭えなかったのは、彼の横顔が一瞬、固まったような気がしたから。

マフラーで半分隠れた顔が、少しだけ動揺を見せたように見える。

裏切る、とは。一体なんのことを指しているのか。

彼女は簡単に発したような言葉だったけれど、彼とはその言葉に認識のずれがあるような。

所詮、他人が詮索したところで答えなんてものは出ないけれど。何故だか不思議と引っかかった。
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