溺れるように愛して
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移動時に欠かせないイヤホン。音楽がないと生きていけない人間は、他人の評価を気にしやすいと前にテレビで誰かが言っていた。

確かにその通りだと思う。私は周りからどう思われているのか気にしやすいし、出来れば誰からも嫌われたくないと思うような都合の良いタイプ。

7時40分。通学で使用するバスに乗り込んでは、まだがら空きの車内で一番奥へと足を進める。

最後尾、ここだけは右も左も繋がるようにして伸びるシートは5人掛け。私のお決まりの席は右側の窓際だ。

マフラーに顔を埋めるようにして暖を取れば、発車する合図を響かせゆっくりとまた道路上を走っていく。

どきどき、と。胸の高鳴りを誤魔化すように、窓にうっすら映る自分の前髪をチェック。風で少し乱れた毛先を整える。

3分後。次のバス停は小さな駅前で停車する。通学・通勤ラッシュ。ここでぞくぞくと人が乗り込んでは一気に席が埋まっていく。

そんな列の最前列に並ぶ 彼 を今日も見つけては、いよいよ本格的に鼓動が早くなる。

音量を下げ、彼との朝の準備が完了。

―――ぴたり、と。一度合った視線は一体どちらから外すものだろうか。

瞬きとともに消える線は、空気に消失していくかのように綺麗さっぱり何もなかったように流れていく。

最後尾の一つ手前、同じ右側を選んだ彼は私を一瞥だけしていつもの定位置へと座った。

黒のマフラーに同じ色をした髪色。少しニュアンスパーマがかったような髪型は今流行りをしっかりと押さえているよう。極めつけはその漆黒から控え目に主張するシルバーのピアス。この後ろ姿を、私は毎日見る。
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