溺れるように愛して
本当のことを知っていても言えない。

川瀬くんからしてみれば、接点のないわたしがどうして夏目くんの自宅を知っているのかと疑問に思うはず。


「酔ったなら、また今度にしといた方がいいんじゃない?」

「え?」

「酔ったなら」


そう、強調するかのように夏目くんが同じようにつり革を握りながらわたしに問いかける。

「また今度」なんて、彼は一体どんな心境で言っているのか。心の中が覗けないから、何を考えているかなんて読めやしない。


「そうしようか?まだ明後日までテストで早く終わるし、俺はいつでも」

「あ、ううん。平気平気。大丈夫だよ」


川瀬くんが先程から心底、心配そうな顔つきを色濃く滲ませるものだから咄嗟に首を横に振る。

誘ってくれたのに申し訳ない、という気持ちだけが先行して、でもすぐあとにまた後悔したりもする。

もしかして、夏目くんはわたしと川瀬くんが一緒にいることを快く思ってないんじゃないか、って。

だから今だって、また今度にしたらなんて言ってるんじゃないかって。
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