溺れるように愛して
「違う。川瀬くんはどうだったって聞いてる」


席が斜めですぐ近く。彼女の賢そうで嘘まで見透かされそうな瞳はわたしをしっかりと捉える。

テスト期間中ということもあって、彼女の手元は一限目の数学の教科書になっている。

そんな表紙を見ながら「あー…」と言葉を濁しながら、走馬灯のように蘇る昨日の出来事。


「……問題なし。多分、川瀬くんと最初に出会ってたら、それなりに恋へと発展した可能性はある」

「そう。発展しなかったのね」

「……いえす」


簡潔にがモットーの彼女は、聞きたいことだけ聞いては教科書へと視線を落とした。

あれこれ詮索してこないのは彼女の良いところでもあり、物足りないところでもある。


「わたしの用件はそれだけだけど、話したいなら話したら?」


そんな小さな不満は、長年の付き合いでどうやら伝わってしまうらしい。

本当にいつだって彼女は門松紗子という人間を極めてる。変わらない。昔から。どこか冷めたような性格だけど、棘のような優しさには、救われることだって多い。
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