溺れるように愛して
「例の彼には会えたの?」

「っ、」


黒く聡明な瞳が、私の核心を躊躇う事なく射抜いてくる。一時停止をくらったかのような体は動きが止まり、何度か繰り返した瞬きにつられるように、首も縦に振った。


「うん……」

「そ。例の彼がいたなら、例の彼女もいたわけね」

「うん……」

「傷が浅いうちに切り替えな」


恋バナに興味もなければ、国宝級のイケメンにさえ食らいつかない。白黒はっきりした性格は、口数が少ない分、的確な言葉を容赦なく放ってくる。

例の彼が誰なのかは、彼女は知らない。

朝が早い私が余程気になったのか、珍しく本の世界から現実世界へと舞い降りてきては威圧的な尋問を受け、仕方なく話すしかなかった。

内容は、好きになってはいけないような人を好きになった事と、可愛い彼女のような存在がいるという事だけ。ただ相手が同じクラスの夏目朝陽という事をさすがに言えなかったのは、どこかでまだ知られてはいけないという思いが働いたからかもしれない。
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