月ノ蝶、赤縄を結ぶ

 そこにお母さんの靴はない。

 今日はデートではなくお仕事に行ったらしい。

 デートなら前底もヒールも高い靴を履いて行かないからだ。

 いつものことだけど、ほの暗い家にあがるのには勇気がいる。

 お化けがいたらどうしようだとか、もし泥棒が入ってきていたらとか、余計な想像をしてしり込みしてしまう。

 それでも誰かに先にあがってもらえないから、息を潜めながら足を踏み入れた。

 電気をつけて家に誰もいないことを確認する。

 誰もいないと分かると、ようやく息が吐けた。

 リビングのホワイトボードにはお母さんからのメッセージが書かれている。



『れいぞうこにコンビニべんとう入ってるからそれ食べといて』



 ひらがなが多いのは、私がまだほとんどの漢字を習っていないからだ。

 ベランダの方を見ると洗濯物が干したままになっていた。
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