好きになってはいけない
「……噴水から現れるとは、神の使いか? はたまた水の精か……ようこそ、私の宮へ」

 ざわ、と周りがどよめく。

 本気で彼を、神の使いだなどと思っているわけではなかったが、衛兵や侍女たちに彼が不審者ではないと示すためには、有効な言葉だった。

 手で持ち場に戻るよう指示すると、こちらを気にしつつ衛兵は去って行く。

 ユリカとシーラを残し、他の侍女にも仕事に戻らせた。

 彼は、この国のものではない服を着ていた。

 そして、この国にない肌の色をしていた。

 けれど、私は知っている。

 この衣服も……肌も。

 何度も繰り返し、夢の中で見た。

 黒い髪、黒い瞳、あの日、この噴水で見たのと同じ、あの顔。

「レジス様、どうなさるおつもりですか。もし敵の間者だったら……」

 ユリカが焦ってそう言う。

「敵の間者が、噴水から現れるものか」

 ふふ、と笑い、噴水の中の、幾分か低い位置にいる彼を見下ろす。

「いつまでそこに浸かっているつもりだ。風邪をひくぞ」

「え? ……あ」

 戸惑う彼を無視して踵を返し、中庭から建物に入る扉へ向かう。

 扉の前で、まだ呆然と噴水に浸かる彼を振り返った。

「早く来い」
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