ホウセンカ
「お嬢さん、お嬢さん」

 男の人の声が聞こえる。
 
「そこの、ピンクのワンピ着たお嬢さん」
「え?私?」

 声の方を振り返ると、パラソルの下にゴザを敷いて座っている学生さんらしき男性が、にっこり微笑んだ。

「そうそう。お嬢さん、めちゃくちゃ美人ですね。似顔絵、描かせてくれません?」

 その人の前には、人の顔を描いた絵がずらりと並べられている。横には“似顔絵300円”の文字。この場で似顔絵を描いてくれるんだ。
 
「わ、すごい。めっちゃ上手い。せっかくだし、描いてもらったら?安いし」

 七海が絵を覗き込んで言った。でも、桔平くんが模擬店のお手伝い抜けてきてくれるみたいだし……。
 どうしようか考えていると、突然誰かに肩を抱き寄せられる。
 
「だめ。オレの彼女だから」

 桔平くんが、似顔絵描きの学生さんを威圧するように見下ろしながら言った。

「え?この子、浅尾の彼女なの?」
「そうだよ。愛茉を描いていいのはオレだけなの」

 すごい殺し文句。やばい。めちゃくちゃキュンキュンしてしまった。そして桔平くんの言葉に、周りの学生さんたちの視線が一気に集まる。

「浅尾君の彼女だって」
「マジで?どれ?」
「ほら、あれ。めちゃくちゃ可愛い子」
「うわ、やば。モデルさん?」
「顔ちっちゃ。てか全体的にちっちゃ」

 な、なんかすごく注目されてるんだけど。桔平くんって、やっぱり藝大の中でも目立つ存在なのかな。

 でも私のこと、めちゃくちゃ可愛いだって。モデルだって。よし。藝大生から見ても、やっぱり私は可愛い。桔平くんの隣に立つ自信、ちょっとついたかも。

「桔平くん、なんか注目されてない?」
「気にすんなよ。いつものことだから」

 桔平くんは、まったく意に介していない。いつものことなんだ……。やっぱり、お父さんが偉大だからっていうのもあるのかな。

「模擬店の方は大丈夫なの?」
「ああ、今日は交代のヤツが来るし大丈夫。いろいろ案内するよ、七海ちゃんも一緒に」
「浅尾さん、髪伸びたね。なんか色気マシマシ」
「エロいから、すぐ伸びるんだよね」

 そう言えば、桔平くんと七海が会うのは2ヶ月ぶりぐらいだっけ。

 今日の桔平くんの髪型はハーフアップで、七海の言う通り、なんだかいつも以上に色気がある。

 服装はいつも通り……というか、いつもより少し派手かな。なんだかよく分からないピカソの絵みたいな柄の、なんだかよく分からない構造のラップワンピースのようなオールインワンのような、とにかくなんだかよく分からない服。それにショッキングピンクの薄いロングカーディガンを羽織っていて、首には幾何学模様のストールを巻いている。

 その姿がいつもより自然に見えるのは、ここが藝大だからなのかな。
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