ホウセンカ
「アンテロープ・キャニオンはアメリカのアリゾナにある渓谷だよ」
首を傾げる私と七海に、桔平くんがスマホで画像を見せてくれた。それを見て、思わず息を吞む。
いくつもの地層が渦のような模様を描いている岩壁に囲まれた渓谷。その隙間から差し込む太陽の光はとても神々しくて、天使が舞い降りて来そうな感じ。
そこはナバホ族という人たちの聖地で、アッパー・アンテロープ・キャニオンとロウワー・アンテロープ・キャニオンという2つの岩層があるんだって。桔平くんの絵はアッパー・アンテロープ・キャニオンの方。ナバホの言葉では“ツェー・ビガニリニ”、水が岩を流れる場所って言われているみたい。
それを日本画の技法で描くと、こんなに神秘的になるんだ。やっぱり桔平くんが描くからなのかな。あまりに美しいから、みんな絵の前で立ち止まっている。
たとえ本来の自分が表現するものじゃなかったとしても、桔平くんの絵は優しくて繊細だから、たくさんの人を惹きつけるんだと思う。
桔平くんが絵の作者だと知った一般の人が、賛辞の言葉を伝えている。でも当の本人は、どこか居心地の悪そうな表情。私みたいに喜ぶフリなんて、絶対にできない人だもんね。
私はその方が楽だけど、桔平くんは逆。たとえ人のための優しい嘘であっても、自分を偽った分だけ傷ついていく。頭で理解しているけれど、心がついていけない。
「とりあえず喜んでおきゃいいのにさぁ」
翔流くんが、ボソっと呟いた。でも翔流くんも、きっと分かっている。桔平くんの不器用さを。
思ったことを言えない私と、思ったことしか言えない桔平くん。前に言われた通り、確かにバランス取れていてちょうどいいのかもしれないね。
「もうオレの絵はいいだろ?他を回ろうぜ」
少しうんざりした表情で、桔平くんが言った。これ以上、知らない人に話しかけられたくないんだろうな。
こういう姿を見ると、私には初対面の時から優しかったことが、とっても不思議に感じる。愛想が悪かったのは隣に座った直後だけ。食事をちゃんと食べたのか、周りに神経を遣いすぎて疲れていないのか気にしてくれて。合コンを抜け出して一緒に歩いている時も、ずっとずっと優しかったから。
「ほら」
桔平くんが、また手を差し出す。こんな風に、私に対してはいつでも優しい。知り合いもたくさんいるはずなのに、気にせず私と手をつないでくれる。
大きな声で言いたくなっちゃう。私が桔平くんの彼女ですって。だってきっと、桔平くんのことが好きな子はこの学校にもいるでしょ。さっきの後輩の子みたいに。
よそ見されることは心配していない。ただ誰にも近づいてほしくないの。私、独占欲強いんだから。
首を傾げる私と七海に、桔平くんがスマホで画像を見せてくれた。それを見て、思わず息を吞む。
いくつもの地層が渦のような模様を描いている岩壁に囲まれた渓谷。その隙間から差し込む太陽の光はとても神々しくて、天使が舞い降りて来そうな感じ。
そこはナバホ族という人たちの聖地で、アッパー・アンテロープ・キャニオンとロウワー・アンテロープ・キャニオンという2つの岩層があるんだって。桔平くんの絵はアッパー・アンテロープ・キャニオンの方。ナバホの言葉では“ツェー・ビガニリニ”、水が岩を流れる場所って言われているみたい。
それを日本画の技法で描くと、こんなに神秘的になるんだ。やっぱり桔平くんが描くからなのかな。あまりに美しいから、みんな絵の前で立ち止まっている。
たとえ本来の自分が表現するものじゃなかったとしても、桔平くんの絵は優しくて繊細だから、たくさんの人を惹きつけるんだと思う。
桔平くんが絵の作者だと知った一般の人が、賛辞の言葉を伝えている。でも当の本人は、どこか居心地の悪そうな表情。私みたいに喜ぶフリなんて、絶対にできない人だもんね。
私はその方が楽だけど、桔平くんは逆。たとえ人のための優しい嘘であっても、自分を偽った分だけ傷ついていく。頭で理解しているけれど、心がついていけない。
「とりあえず喜んでおきゃいいのにさぁ」
翔流くんが、ボソっと呟いた。でも翔流くんも、きっと分かっている。桔平くんの不器用さを。
思ったことを言えない私と、思ったことしか言えない桔平くん。前に言われた通り、確かにバランス取れていてちょうどいいのかもしれないね。
「もうオレの絵はいいだろ?他を回ろうぜ」
少しうんざりした表情で、桔平くんが言った。これ以上、知らない人に話しかけられたくないんだろうな。
こういう姿を見ると、私には初対面の時から優しかったことが、とっても不思議に感じる。愛想が悪かったのは隣に座った直後だけ。食事をちゃんと食べたのか、周りに神経を遣いすぎて疲れていないのか気にしてくれて。合コンを抜け出して一緒に歩いている時も、ずっとずっと優しかったから。
「ほら」
桔平くんが、また手を差し出す。こんな風に、私に対してはいつでも優しい。知り合いもたくさんいるはずなのに、気にせず私と手をつないでくれる。
大きな声で言いたくなっちゃう。私が桔平くんの彼女ですって。だってきっと、桔平くんのことが好きな子はこの学校にもいるでしょ。さっきの後輩の子みたいに。
よそ見されることは心配していない。ただ誰にも近づいてほしくないの。私、独占欲強いんだから。