ホウセンカ
約束のアングレカム
 9月下旬になると朝晩はかなり涼しくて、30度を超える日はようやくなくなった。

 小樽で生まれ育った私の体にコンクリートジャングルの夏の暑さはかなり堪えたけれど、桔平くんと過ごした初めての夏は、すごく特別なものになった。一緒に過ごす時間が長かった分、一気に距離が縮まった気がするから。

 後期の授業が始まってからも、ほとんど桔平くんの家で過ごしている。たまに桔平くんが私の家に泊まることもあって、いつの間にか毎日一緒にいるのが当たり前になっていた。

 10月に入って、桔平くんの家のクローゼットには私の長袖の洋服やアウターも追加された。今ではこっちの方が自分の家って感じ。だって貴重品とか学校の教科書も桔平くんの家に置いてあるんだもん。私の部屋に置いていた植物たちも、桔平くんの家のベランダへお引越しした。

 いつか、ちゃんと2人で暮らせたらいいな。学生のうちは無理だけど、そんな甘い未来を思い描いていた。

「なんだか、2人セットも見慣れてきたねぇ」

 上野の裏路地にある、小さな純喫茶。カウンターで桔平くんと並んで食後のコーヒーを味わっていると、マスターがしみじみ言った。

「いっつも桔平ひとりで来てたのにな」
「オレ友達いねぇもん」
「こんな寂しい奴のどこがいいの、愛茉ちゃん。それだけ可愛いけりゃ、もっとイイ男つかまえられるだろうに」
「桔平くんの存在そのものがいいんです」
「そうかい、そうかい。言うことが似てきたねぇ、2人とも」

 マスターが目を細めると、目尻に刻まれたシワがくっきり浮かび上がる。

 ここのカレーは本当に絶品で、午後の授業がない日や夕ご飯の時に、桔平くんと頻繁に来るようになった。今ではすっかり、私も常連さんの仲間入り。

 このお店には、浅尾瑛士――桔平くんのお父さんの絵が飾ってある。宮城県の瑞巌寺《ずいがんじ》参道の杉並木を描いた絵で、そこだけ時の流れが止まったような澄み切った空気をまとっていた。

 桔平くんはいつもコーヒーを飲みながら絵を眺めている。一体、何を思っているんだろう。

「桔平は、どんどん親父さんに似てくるな」

 マスターの言葉に、桔平くんはコーヒーカップへと視線を落とす。

 実はマスターと桔平くんのお父さんは、高校の同級生なんだって。小さい頃、桔平くんはお父さんに連れられてこのお店に来ていたみたい。

「瑛士も、そんな風にコーヒーをじっと見つめながら考え事していたよ。まったく同じ顔してな」
「遺伝って、こえぇな」
 
 嬉しそうな、でもちょっと複雑そうな表情で桔平くんが笑う。
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