ホウセンカ
 本当はずっと気になっているけれど、今すごく幸せなのに、わざわざ過去を掘り返して嫌な気持ちにはなりたくない。何よりも、桔平くんを傷つけてしまうだろうから。それだけは絶対に嫌だった。

「愛茉のおかげで食生活もかなりまともになったし、夜更かし減ったからな。前は若干、不眠症気味だったけど」
「男も女も“憑き物”次第ってな。それこそ、生きるも死ぬも相手次第なんだろうよ」
「じゃあ私が桔平くんを長生きさせるから。2人で、健康的に長生きしようね」
「なにそれ、プロポーズ?」
 
 桔平くんが声を上げて笑う。

 私、本気でそう思ってるんだからね。ずっと一緒にいたい。ただ一緒にいるだけじゃなくて、いつも楽しく笑い合っていたいんだもん。

 よし。もうちょっと、お料理の勉強しよう。栄養バランスとカロリーも考えないと。長生き大作戦。若いうちから、しっかりやっていかなきゃ。

「たまには、愛茉ちゃんひとりで来てよ。サービスするからさ」
「はぁい」
「セクハラすんなよ、マスター」

 ニコニコ顔のマスターに見送られて、お店を出た。

 今日は少し曇っていて肌寒い。もうすっかり秋って感じ。夜も冷えそうだし、バイトが終わったら真っ直ぐ帰ろう。

「桔平くんは、学校に戻るの?」
「いや、気分転換に井の頭公園行こうかと思ってさ。バイト終わったら迎えに行くから、今日は愛茉んち行っていい?」

 私のバイト先は吉祥寺で、井の頭公園はすぐ近く。迎えに来てもらうのって、なんか嬉しいな。バイトも頑張れそう。

 一緒に上野から吉祥寺へ行って、私はバイト先の塾へ。子供が好きだから、小学生の子に勉強を教えるのは本当に楽しくて楽しくて。時給も高いし、良いバイトが見つかって本当にラッキーだった。

 19時過ぎにバイトが終わって、迎えに来てくれた桔平くんと一緒に帰路につく。冷蔵庫が空っぽだったはずだから、途中でスーパーに寄った。ジャガイモが安かったから、今日の晩ご飯は肉じゃがに決定。

「私、お料理頑張るからね」
「どうした急に」
「健康に長生き大作戦」
「なに、一生オレの面倒見てくれるわけ?」
「当たり前でしょ。私には桔平くんしかいないんだから」

 こういうの、普通なら重くて引くのかな。でも桔平くんは、嬉しそうに笑ってくれる。

 重く感じるのは気持ちのつり合いが取れていないから。同じくらい重かったら、上手くバランスが取れる。結局は、そういうことなんだよね。

 今日は気合いを入れてご飯を作ろう。そう思って家に入った瞬間、私は部屋の様子に違和感を覚えた。
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