ホウセンカ
「ねぇ、今日のってプロポーズ?」

 お父さんを見送って桔平くんの家に帰宅してから、何気なく訊いてみた。

「プロポーズっつーか、決意表明だな」

 桔平くんは、ベッドの上へ上着を雑に放り投げた。そしてその横に腰かけて、髪をかき上げる。かなり伸びたなぁ。

「愛茉のためなら絵を捨てるっていう気持ちに嘘はないけど、今は画家として自分の限界までやっていきたいと思ってる。そのうえで愛茉と一緒に歩けるように……そういう自分になりたいっていう、決意表明」

 そう言って、おいでおいでと私を手招きする。近づくと、ベッドの端に座ったまま私の両手を取って真っ直ぐ見上げてきた。

「オレの人生で、愛茉より大切なものなんてないよ。何があっても、愛茉を守れる男になるから。だからずっと、オレの傍にいて。一緒に長生きして、一緒に死のうぜ」

 ……いつも難しい言い回しばかりするくせに、こういう時ストレートに言うのは本当にずるい。
 
「……それもう……プロポーズだよぉ……」

 まだメイク落としてないのに。絶対、マスカラぼろぼろだ。鼻水垂れてきたし。

「返事は?」
「……わ、私のどこがいいの?」
「ははっ、また始まった」
「だってずっと一緒にいたら、さすがに嫌になるでしょ?束縛するし、重いし、面倒だし、ワガママだし」
「嫌になんてならねぇよ。世界に80億以上の人間がいる中で、愛茉と出会ってんだから。分かる?80億分の1だよ。こんな奇跡、むざむざと手放すわけねぇだろ」

 80億分の1。この世界でたった1人の、大好きな人に出会える確率。こんなに大好きで大好きでたまらなくて、同じくらい、もしかしたらそれ以上愛情を注いでくれる人と出会えるなんて、本当に奇跡としか言いようがない。
 
「私だって……手放したくないもん。ずっと傍にいるから、ずっと私に構ってよ」

 ああ、可愛くない。なんでこんな言い方しちゃうのか。素直に「ハイ」って言える、可愛い女の子に産まれたかったよ。ていうか、めちゃくちゃ鼻声になってるじゃない。もうやだ、ほんとに。

「すげぇブサイクな顔」
「桔平くんのせいだもん」

 体を引き寄せられて、一緒にベッドへ倒れ込んだ。
 
「愛茉、愛してるよ」

 愛してほしい人に、愛されたい。桔平くんは、私がずっとずっと求めていたものをくれる人。
 だから私も覚悟を決めたの。桔平くんの世界は、私が全力で守る。決して絵を捨てさせない。

 桔平くんの愛情を全身で感じながら、私は心の中で固く誓った。

 それから10日ほど経って、空き巣が捕まったと警察から連絡が来た。犯人は、同じマンションの真上に住む若い男性。私以外の女性の下着もたくさん持っていたみたい。やっぱり女性のひとり暮らしっていろいろと怖い事も多いのだと実感する。
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