ホウセンカ
 少女漫画を読み漁って、そこに自分の感情を投影することだけが唯一の楽しみ。そうしているうちに、高校を卒業したら違う自分になりたいって気持ちが湧いてきた。

「高校の卒業写真、可愛く写ってるでしょ」
「うん、すげぇ可愛い」
「撮影の日だけ綺麗にしたの。美容室に行って、メガネを外して。その姿で学校に行ったら、周りにすごく驚かれた。私の精一杯のプライドだったんだ。それに東京に出てきたあと万が一整形を疑われても、卒業アルバム見せたら大丈夫でしょ。まさか子供の頃に整形してるなんて、誰も思わないだろうから」
「だから一式持ってきてんのかよ。さすが、用意周到だな」

 重たい話でも、こうやっていつもと同じ調子で笑ってくれる。それができるのは、桔平くんもたくさん傷ついてきた人だから。そういうところが、私は大好き。

「同じ高校の人が誰も受験しない大学を調べて、ひとりで上京して……真っ暗だった自分の人生を、やり直したかった」

 どんな女の子が好かれるのか、必死に勉強した。鏡の前で、笑顔の練習をした。どういう角度だと自分が一番可愛く見えるのか、一生懸命研究した。

 私は可愛い。誰よりも可愛い。だから、みんなから愛されるはず。そうやって毎日、自分に魔法をかけるようになった。

「本当の私を知る人が誰もいない場所で、根暗で卑屈で人を妬む嫌な自分を変えたかった。本来の自分じゃなくて、理想の自分を演じ続けて。そうしたら本当に変われるんじゃないかって思ったの。それで……」

 桔平くんの背中に回した腕に、力を込める。そのあたたかさに、目頭が熱くなった。

「こうやって……誰かに、愛されたかったの……」

 冷ややかな目、憐れむ目、蔑む目、揶揄するような目。小樽にいた頃の私に向けられていたのは、そんな視線ばかりだった。

 東京に来て、ただ真っ直ぐに私を見てくれる桔平くんと出会って、愛される喜びを初めて知って。誰かを大切に想う気持ちも、心の奥から湧き出してくる愛おしさも、すべて桔平くんが教えてくれた。

 だから離れたくない。放したくない。ずっと愛されたいし、ずっと愛していたいの。

 桔平くんが、強く抱きしめてくれる。それだけで私は、自分がここにいていいんだって心から思えるんだよ。

「愛茉は、お母さんが大好きなんだなぁ」

 私の頭を撫でながら、桔平くんが言った。
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