ホウセンカ
 愛茉が予約してくれた旅館は、古いながらも隅々まで清掃が行き届いている、気持ちのいい空間だった。館内は畳敷きで、レイアウトや家具などにもこだわりが感じられる。

 部屋は10帖と4帖の二間続きの和室。現代的ではあるが、どことなく大正浪漫の雰囲気を感じさせる装飾で、なかなかセンスが良い。

 食事前に大浴場でひと風呂浴びることにした。潔癖な愛茉は大浴場が好きではないようだが、どういう所なのか見たいからとりあえず行くらしい。部屋にも露天風呂がついているし、後でまたゆっくり入るか。

「可愛い浴衣選んだな」

 風呂から出ると、愛茉は洗柿(あらいがき)の生地に牡丹の花をあしらった浴衣を着ていた。

 レンタル浴衣が選べるプランらしく男物の浴衣も置いてあるが、オレ好みの物はなかった。とりあえず黒地に濃淡のある格子模様の浴衣にしてみたものの、地味だし袖が短い。

「桔平くん、シックなのも似合うね。すごくかっこいい」
 
 顔を赤らめながら言われると、せっかく着ている浴衣も早く脱がせたくなる。いや、その前に腹を満たさないとな。
 
「東京に来て思ったのが、お魚があんまり美味しくないってことなんだよね」

 風呂から戻ると、部屋に夕食が運ばれてきた。さすがは北海道といった感じの海の幸が、ずらりと並んでいる。見た目も鮮やかだ。

「まぁ東京は、それなりに金出さねぇとウマいもんは食えねぇからな」
「やっぱりお魚は北海道に限るなぁ。美味しい~」
 
 愛茉は今日、相当食ってるような気がする。でもまぁ、東京では味わえないものばかりだしな。ちなみに明日はジンギスカンを食べに行くらしい。

 食事を終えた後は、館内を見て回る。売店には酒もたくさん売っていたので、お父さんへの手土産に日本酒を買った。愛茉はお父さんと恋人のためにペアグラスを選んでいる。再婚話がようやく具体的になってきたらしく、今回の帰省で紹介してもらうことになっていた。

「はぁ、今日たくさん歩いたね」

 部屋に戻ると、愛茉は4帖の部屋に敷いてある布団の上に寝転がった。早起きしたにも関わらず一日中はしゃぎっぱなしだったし、相当疲れているはずだ。

「もう寝るか?疲れただろ」
「えっ、寝ちゃうの?」

 ……こういう発言は、無自覚なのだろうか。時々分からなくなる。

「……疲れてねぇの?」
「疲れてるけど……でも……ギュッとしてほしいし……」

 オレの理性も自制心も、愛茉は簡単にぶち壊す。分かってんのかよ。普段どれだけ抑えているのか。
 
「言ったことの責任は、ちゃんと持てよ」

 襖を閉めて、常夜灯を灯す。頬に触れると、愛茉が一気に女の顔を見せた。飽きることなんてない。心も体も、重ねる度に馴染んでくる。

 温泉のおかげか、それとも浴衣効果なのか。愛茉は、いつも以上に綺麗だった。
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