ホウセンカ
「あれ、スヌーピーがいねぇじゃん」

 部屋の中は、愛茉がひとり暮らしをしていた時に使っていたベッドとテーブル、そして少女漫画が詰まった本棚があるだけだ。最近我が家を侵食している、あのビーグル犬の姿がない。
 
「みんな東京に連れてきてるもん」
「え、全部?」
「クローゼットにスヌーピーのコンテナ置いてあるでしょ?あの中身、全部スヌーピーグッズだから」
「マジか」

 あのコンテナは結構な大きさだったはず。しかも3つくらいあった気がする。どれだけグッズ持ってるんだ。キッチングッズもスヌーピーだらけだし、本当に徹底している。

 そもそも愛茉がスヌーピーを好きなのは、キャラクター自体が可愛いのもあるが、漫画が魅力的だからだと言っていた。確かに哲学的なセリフが多くて、オレが読んでも面白い。感受性が強い愛茉は、ひとつのセリフからさまざまなことを感じ取るのかもしれない。
 
「……お父さんの彼女って、どんな人かなぁ」

 ベッドに身を投げ出して、愛茉が呟いた。
 
「お父さんより4つ下って言ってたよな」
「……桔平くん」

 やおら起き上がり、愛茉がじっと見つめてくる。これは甘えたい時の行動だ。
 
「ギュッてして」

 ふいに泣きそうな顔になって、両腕を広げる。オレはベッドの上に乗って愛茉の体を包み込んだ。

「寂しくなった?」
「うん」
 
 小さな肩が震えている。
 この家には、思い出が多すぎるのかもしれない。突然感情が噴き出すこともあるだろう。それでも愛茉は、寂しい時に寂しいと言って素直に甘えられるようになった。

 今回の帰省についてきて欲しいと言ったのは、ただオレに地元を案内したかっただけじゃなく、やはりひとりだと心細かったからだと思う。

 母親への気持ちを、そんなに簡単に割り切れるわけがない。寂しさも会いたい気持ちも、恐らくはずっと抱えていかなければいけないものだ。 

「好き」

 腕の中で、愛茉がぽつりと言う。いつも突然だよな。

「桔平くん、大好き」
「知ってるよ、泣き虫」
 
 愛茉が顔を上げる。どちらからともなく、唇を重ねた。

 不思議なもので、愛茉とのキスは甘い味がする。愛茉も同じことを言っていたが、こういうのは遺伝子レベルで相性がいいからだと聞いたことがある。匂いが好きだと感じるのも同じ理由らしい。

 こんなことを考えているとまた歯止めが利かなくなりそうなので、無理矢理頭から引き剝がす。さすがにここではまずいだろう、いろいろと。

 その後、愛茉と少女漫画を読みながら過ごしていると、1時間半ほどしてお父さんが帰宅した。
< 160 / 408 >

この作品をシェア

pagetop