ホウセンカ
「……でなぁ!ミクちゃんが言うねん。じゃあオソロだね……ってさぁ!いやっ!可愛い!好き!ディスティニー!」

 ギャラリーに戻ると、まだ小林劇場が開演中だった。

 長岡が助けを求めるような視線を向けてきたが、ヨネも来たことだし、オレは休憩室に引きこもることにする。

 小林の声は、部屋の中にいても綺麗に聞こえてきた。
 “ミクちゃん”は埼玉に住んでいる大学生で、小林曰く、アートな世界が大好きな美少女らしい。

 小林が投稿した絵に反応してくれたのがきっかけで昨年末からやり取りを続けていて、今回のグループ展の話をしたらぜひ行きたいと言ってくれた……ということのようだ。

 SNSに上げている写真を見ただけで美少女と言い切るあたり、小林は詐欺に遭うタイプかもしれない。

「でもさぁーその写真が本人かどうかって分からなくなーいー?」

 意外と現実的かつしっかり者のヨネが突っ込んでいる。

「せやけど、おれに会いたい言うとんねん。ニセモノの写真載せとるんやったら、会いたいなんて言わんやろ?」
「そうかなぁー?まぁ会ってみたら分かるだろうけどねぇー」
「絶対おれに気があると思うねん、ミクちゃんは!もう相思相愛やねん!……ってヒデ!もっと話聞いてや!」

 長岡が疲れた表情で部屋へ入ってきた。大きなため息とともに椅子に腰かける。

「一佐って、なんであんなポジティブに思い込めるんだろう……」
「そりゃ、小林だからだろ」
「どうしてその一言に、とてつもない説得力を感じるんだ……」

 苦笑しながら、長岡はペットボトルの緑茶を口に流し込む。そしてふと、オレが手にしているコップに目を留めた。

「……浅尾って、ペットボトル直飲みしないの?」
「ああ……それやると、愛茉がうるせぇから」
「え、なんで?」
「直飲みは雑菌が繁殖するから、長時間置いておく場合は絶対やるなって。飲む分だけコップに注いで飲みなさいと、ご指導賜っておりましてね。なんかもう習慣になったわ」
「愛茉ちゃんって潔癖?」
「ああ。潔癖だし神経質だな」

 ただ、愛茉の主張は概ね正しいので、大人しく言われた通りにしている。初めは面倒だと思っていたことでも、慣れてしまえば何でもない。

「……愛茉ちゃんの話をするとよく笑うよな、浅尾は」
「さっきヨネにも言われた。今も笑ってた?」
「笑ってた」

 オレは別に、無表情を貫いているわけではない。それでも学校では鉄仮面と呼ばれていて、どこかのラグビー選手のように“笑わない男”だと揶揄される。
 単純に、意識して表情をつくれない。ただそれだけだった。
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