ホウセンカ
「あ、浅尾は……俺のこと、不愉快じゃないわけ?」

 前髪とメガネの奥から、探るような視線を向けられる。
 長岡の目は、やたらと大きい。ピグミーネズミキツネザルに似ているな。いや、バイカルアザラシかもしれない。

「不愉快?なんでだよ」
「その……自分の彼女を好きな男って……」
「ああ、そのことか。別に、なんとも思わねぇよ。好きになるのは自由だろ」

 気にするぐらいなら、気持ちを表へ出さなければいい。そう思ったが、長岡は気弱そうな見た目に反して自分の意思を強く持っていて、それを口にしてしまう性格だった。

 自分のことが好きなのかというストレートすぎる質問をされたら、誤魔化せはしないだろう。しかも、好きな女相手に。

「余裕があるんだな。それだけ、愛茉ちゃんの気持ちを信じてるってことか」
「余裕とか、そういう問題じゃねぇよ。他人の気持ちなんてどうにもならないだろ。仮に愛茉が他のヤツを好きになったとしても、それは俺がコントロールできることじゃねぇもん」
「でも愛茉ちゃんは、浅尾以外を好きになりそうにないけど。本人も言い切ってたし」
「だろうな」
「やっぱり余裕じゃないか」
「愛茉と一緒に生活できるヤツなんて、そうそういねぇからな。本人もそれはよく分かってるんだろ」

 潔癖症で神経質なだけじゃなく、何かにつけてしつこいし感情が重たくてワガママ。普通なら、見た目の愛らしさを帳消しにしてしまうぐらい、面倒に思うだろう。たとえ最初は可愛く感じたとしても、生活を共にするうちに嫌気がさしてくる男の方が多いはずだ。

 愛茉自身も、自分の面倒すぎる性格を十分理解している。だから必死に自分を変えようと足掻いていた。

 ただオレは何故か、癖が強すぎる愛茉の性格が病みつきになっている。愛茉の細かさを見て本気で嫌な気分になったことは一切ないし、特に不満も文句もなく言うことを聞く。これに関しては、相手が愛茉だからとしか言えなかった。

 部屋の外からは、小林の独演会が聞こえてくる。長岡が、また緑茶を一口飲んだ。

「同棲……してるんだっけ」
「羨ましい?」
「……う、羨ましい」

 こういう素直で正直な性格には、昔から好感を持っている。変な意地を張る姿は、これまで一度も見たことがない。
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