ホウセンカ
 その後も、小林は落ち着きなく動き回っていた。しかしミクちゃんとやらは、一向に現れない。

「来ぉへんなぁ……なんかあったんやろか……」
「DM……してみたら?」
「おお、せやな」

 長岡は本当に優しいな。優しすぎるから、彼女ができないのかもしれない。

「えっとぉ……ミクちゃん、今日は来れるんかな……もし都合悪なったら言うてな……っと」

 えらく消極的な連絡だな。本当に約束していたのか怪しいものだ。

 そもそも電話番号も知らず、SNSのアカウントだけで繫がっているという感覚は、よく理解できない。SNS自体を頭から否定しているわけではないが、虚飾にまみれた世界で、ひとつひとつの真偽を見定めるのは一苦労だろう。そんなのは時間の無駄じゃないのか。

 何ヶ月も無機質なやり取りを続けるよりも、顔を見て数分会話をするだけで分かることの方が多い気がする。

「お!きた!きたぁ!もうすぐ新宿駅やて!迎え行ってくるわ!」

 言い終わらないうちに、小林は風の速さで出て行った。これで、一旦は静かになるな。

 ヨネがコーヒーを淹れてくれるらしいので、テーブルについて一服することにした。

 初日と昨日はかなりの来客があったが、今日は月曜日ということもあって客足がまばらだ。そのおかげで、疲労度は低い。

 これまで数回グループ展をやっていても、多くの人と接するのは、いまだに慣れなかった。帰宅したら何もする気が起こらず、ぐったりしてしまう。

 ただ今は家に愛茉がいて、夕飯を作って待ってくれている。その顔を見るだけで、体が軽くなった。ああ、早く帰りたい。

「……浅尾は、どう思う?」

 大きな欠伸をしていると、長岡がバイカルアザラシの瞳を向けてきた。

「なにが」
「ミクちゃん……一佐のこと、本当に好きなのかな」
「どうでもいいわ」
「そ、そんなこと言わずに、応援してあげようよ」
「オレらがどうこう言っても、何も変わんねぇだろうが」

 何故長岡は小林とミクちゃんのことを気にするのかと思ったが、自分が失恋したばかりだからかもしれない。

「縁がありゃ、勝手にどうにかなるだろ」
「そ、そういうものなのかな……」
「浅尾きゅんってぇーロマンチストなのにリアリストだよねぇー」

 ヨネがトレイにコーヒーをのせて奥の部屋から出てくると、長岡はすぐに立ち上がる。そしてトレイを受け取り、テーブルへ運んだ。
 こういうところは、本当に関心する。オレは愛茉以外に気を遣いたくはないが、長岡は誰に対しても優しかった。
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