ホウセンカ
「……なんでオレがロマンチストだと思うんだよ、ヨネ」
「んふふぅ。私は知ってるんだぞぉー。愛茉ちゃんとの恋バナがぁーお花畑なのさぁ」
 
 カップから立ち上るコーヒーの湯気でメガネを曇らせながら、ヨネが笑う。

 愛茉は一昨日、ヨネとLINEを交換したと言って、しきりにやり取りしていた。小樽から出てくるまで女友達がいなかったから、相当嬉しいのだろう。

 そして少女漫画脳なので、所謂恋バナというやつは大好物のはずだ。プレプロポーズのことも話しているんだろうな。まぁ愛茉が楽しいのであれば、なんでもいいが。
 
「浅尾きゅんと愛茉ちゃんはぁーもう運命の人だよねぇ。いろいろ聞いてキュンキュンが止まらなかったぞぉー!ヒデちゃん、ざーんねーん!」

 意外と容赦ないな、ヨネ。ただ長岡も、腫れ物扱いされるよりはいいのだろう。苦笑しつつも、特に気にした様子はなかった。

「運命の人って……本当にいるのかなぁ……」
「絶対いるよぉー!ヒデちゃんにも素敵な人が現れるってー!」
「魔法使いになる前に……何とかしたいな……」

 オレが言ったこと、気にしてるのかよ。

「魔法使いってー?」
「30歳まで童貞だと、魔法使いになれるっつー都市伝説があってだな」
「やぁだー!浅尾きゅん、エッチぃー!」
「そ、そうならないように頑張るつもりなんだよ」
「大丈夫だよぉ。ヒデちゃんは優しいんだからー」

 実際、男のオレから見ても、長岡は優良物件だと思う。愛茉も言っていたが、顔のつくり自体は悪くないし、性格も穏和で優しく争いを好まない。
 いずれは、長岡の良さを理解できる人間が現れるだろう。

「タダイマ」

 まるで機械のような声が聞こえて振り返ると、小林が無表情でギャラリーの入り口に立っていた。
 
「ミクちゃんが来てくれたで」

 一切感情のない顔。虚無としかいえない。どうやら、背後にいる人物が原因のようだ。
 
「こんにちは。竹内海玖です!」

 そう挨拶したのは、まだ肌寒いというのに何故か半袖を着ている、筋骨隆々とした色黒の大男。小林の後ろに立っていると、熊が猿を従えているようにしか見えなかった。

「たけうちぃ……?」
「みく……さん……?」

 ヨネと長岡が呆然と呟く。ほら見ろ。どうせそんなことだろうと思った。お約束だ。

 分厚い胸板と丸太のような二の腕がチャームポイントのミクちゃんは、アクティブそうな外見からは想像できないほどのアート好きだった。

 特に日本画に対する想いが強いようで、SNSで見かけた小林の絵の繊細さに惹かれて、思わずコメントを送ったらしい。良かったな、小林。完璧な両想いじゃないか。
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