ホウセンカ
 何度も何度も抱き合っているけれど、その度に安心感が大きくなっている気がする。桔平くんと触れ合うだけで、自分の中の欠けていたものが埋まる感じ。トキメキよりも安心感。こうやって、少しずつ関係が深まっていくのかな。

 大きくて優しい手が、私の頭を撫でてくれる。ああもう。これ以上の幸せなんて、きっとない。

 桔平くんの胸にひとしきり頬ずりして顔を上げると、もう暗黙の了解といった感じで自然と唇を重ねた。

 抱き合うのもキスをするのも、全然飽きない。それどころか、前よりも好きになっている気がする。

「……なに笑ってんの?」

 唇を離して、思わず満面の笑みを浮かべる私の頬を撫でながら、桔平くんが微笑んだ。

「えへへ、好きだなぁって思って」
「オレを?それともキス?」
「桔平くんも、桔平くんとのキスも」
「……あーもう、すっげぇ可愛い」

 ガバッと抱きしめられる。なんか、楓お姉さんと行動が同じじゃない?

「いちいちオレのツボをついてくるんだよな、愛茉は。なんでこんなに可愛く感じるんだ」
「あ、それね、ベターハーフだからです。楓お姉さんに言われた」
「あぁ、プラトンの『饗宴』か」
「……ぷらとんの、きょうえん?」

 プラトンって哲学者だっけ?ソクラテスのお弟子さん……だったような。ベターハーフとプラトンって、なんの関係があるの?
 
「『饗宴』はプラトンがソクラテスたちとワインを飲みながら、エロス、つまり愛についてああだこうだ語り合っている本。その中に、ベターハーフの由来とされてる一節があるんだよ。ギリシャ神話のアンドロギュノスっていう、2人の人間が背中合わせにくっついたような生物が人間の祖先だっつー話」

 アンドロギュノスは男性と女性、女性と女性、男性と男性という3種類の組み合わせがある生物。そしてとても高い知能と強い力を持っていて、ある時、神々に戦いを挑もうとした。

 そこで全知全能の神ゼウスがアンドロギュノスを半分に分けて力を半減させたのが、今の人間の成り立ち……だそうです。桔平くんって本当に何でも詳しいな。

「2つに引き裂かれた人間は、自分の片割れを探すために人生を歩んでいる。それが愛の起源ってわけ。ちなみに、もともと男同士でくっついていた場合は男を求めるし、女同士だったら女を求める」
「へぇー。なんだか素敵な話」
「この話が本当なら、オレが愛茉を求めるのも納得って感じだよな。ベターハーフだし?」

 服の中にスルリと滑り込んできた桔平くんの手を、軽くつねった。そうやってすぐ触るんだから。
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