ホウセンカ
「今からご飯の用意するんだから、ダメです」
「先にこっち食いてぇんだけど」
「ご飯の方が大事です」

 不満げに口を尖らせる桔平くん。こういう子供みたいな表情をするのは、私の前だけ。

 私から見たら、桔平くんは出会った時から表情が豊か。でもヨネちゃんの話を聞く限り、学校では本当に“無”って感じだったみたい。
 ただ最近は雰囲気が柔らかくなって、たまに笑ってくれるって喜んでいたっけ。

「そういや、今日はオレのプレゼント買いに行ってくれたんだろ?」
「うん、ちゃんと買ったよ」
「ちょーだい」
「18日にね。あと2週間」
「今日でもいいじゃん」
「ダメです。誕生日にあげるんだから」
「またそれかよ……」

 一緒にご飯の支度をしながら、他愛のない会話をする。その中でも、桔平くんはいろいろな表情を見せてくれた。私にとっては、ずっと同じ。最初から優しくて、よく笑ってくれて、たまに拗ねる。

 だから私が知らない桔平くんを知っている人から「変わった」って言われると、なんだか不思議な気持ちになるんだよね。でもそれが良い変化なら、すごく嬉しい。楓お姉さんに言われた通り、自信持たなくちゃ。

 ただ自信を持ったからといって、桔平くんのご家族と対面するのに緊張しなくなるわけじゃない。

 次の日から、私はプチダイエットを始めた。少しでも可愛く見られたいし。それから洋服も徹底的にリサーチ。あまり安っぽいものはダメ。みすぼらしいって思われちゃうもん。

 そこまでしなくても……と桔平くんには言われたけれど、私の気が済まないの。できる限り念入りに準備をしないと、気持ちが落ち着かないっていうのもあったけれど。

 そして、いよいよ当日。よく晴れて気持ちの良い日曜日に、桔平くんと横浜へ向かった。

 新しく買ったピンクベージュの上品なワンピースを着て、メイクはナチュラルかつ明るく見えるように意識した。どこからどう見ても、明るく清潔感のある彼女……のはず。

「お嬢様風だよな、今日」
「だっ、だって!第一印象は大事だもん!」

 久しぶりに桔平くんが運転する車の助手席に乗ったのに、運転姿に惚れ惚れしている余裕なんか一切ない。頭の中で何度も挨拶の言葉をシミュレーションして、お辞儀の角度も確認。

 顔が強張りそうだから、少しマッサージしておこうかな。笑顔が大事。あ、でもあんまり顔触るとメイクが落ちる。

「いつも通りで、十分可愛いのにさ」
「桔平くんだって、私のお父さんに会う時はきちんとしてくれたじゃない」
「オレの場合は、普段の格好だとダメだろ」
 
 自分の実家に行くから当たり前だけど、今日の桔平くんはいつも通りの服装。鮮やかな黄色に鶴と梅が描かれたボタンダウンシャツと、巻きスカートのようなワイドパンツのような不思議なデザインをした朱色の七宝柄ボトムス。髪は高い位置でお団子にしていて、ザ・マンバンって感じのスタイルだった。
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