ホウセンカ
 こうやって浅尾さんを知れば知るほど、きっとどんどん惹かれていくんだろうな。理屈じゃなくて、何となくそう感じる。

 でも、やっぱり怖くて。“まだ早い”っていう心の声も聞こえる。アクセルを踏みたい自分とブレーキをかけたい自分が、ずっとせめぎ合っていた。

「私はひとりっ子だから、お姉さんいるのは羨ましいな」
「そうなんだ。愛茉ちゃんのこと、やっとひとつ知れたな」

 そう言えば、私は自分の話を一切していない。浅尾さんのことばっかり。やっぱり、ずるいかな。

「まぁ、オレからはあれこれ訊かねぇから。愛茉ちゃんが訊きたいこと訊いて、話したいこと話しなよ。何でも答えるし、何でも聞くから」

 その優しい表情と声色に、思わず少し泣きそうになった。

 浅尾さんの目は私を真っすぐに見てくれる。でも本当は、それが怖くて。顔を背けたくなる。
 その綺麗な瞳に、私なんかを映さないで。そう言いたくなってしまう。
 
「で、他はなんかないの?」
「……えっと……趣味は?」
「ははっ、なんか見合いみてぇ。したことないけどさ」

 我ながらありきたりな質問をしてしまって、少し恥ずかしかった。でも浅尾さんがたくさん笑ってくれるから、なんだか嬉しい。

 カフェにはお客さんがたくさんいるけど、周りの音なんて何も聞こえなくて。まるで浅尾さんと2人きりみたいな感覚だった。

「趣味かぁ。絵以外だと……ピアノぐらいか」
「ピアノ弾けるの?」
「母親が家でもピアノ弾いてたし、姉2人も習ってたから、自然と弾くようになったっていうか。まぁオレは習ったことないし、楽譜読めねぇんだけど。でも耳で聴いたら大体の曲は弾けるかな」

 ピアノを弾く浅尾さんの姿を想像して、絶対素敵だろうなって思ってしまった。いつか聴いてみたいな。

「絵が捗らねぇなって時にピアノ弾くと、良い気分転換になるんだよ。目の前にイメージが広がるっていうか。だから家に電子ピアノ置いてんの。本物に近いタッチの、結構いいヤツ。今度、聴きにおいでよ」
「うん。……えっ?い、いや、男の人の家にお邪魔するのは、ちょっと……」
「なんだ、連れ込む口実になるかなって思ったのに」

 浅尾さんが、心底残念そうな表情を見せる。あまりにサラっと言うから、つい“うん”とか言っちゃったじゃない。

「浅尾さんって、どこに住んでるの?」
「高円寺」
「えっ、近い。私、荻窪なの」
「へぇ。学校が広尾だったら、高円寺は定期券の区間内だろ。いつでもおいでよ。ベッド広いし快適に泊まれるよ、オレの添い寝つきで」

 またそういうこと言う。これは絶対に冗談。それは分かる。だって、すごく意地悪そうな顔でニヤニヤしてるんだもん。
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