ホウセンカ
 オレの質問にどう答えるべきなのか、彩ちゃんは頭を悩ませている。自分の中でも答えが曖昧だったからこそ、いくら練習を重ねてもデッサンが上達しなかった。どうやら、そこには気がついたようだ。

「宿題にするか」
「はぇっ?」

 既に太陽が水平線に近いところへ下りてきている。答えを待っているうちに、日が暮れてしまいそうだった。
 
「バイト、次はいつ?」
「えと、来週火曜です。今日と同じ時間……」
「4日後か。ちょうどいいな。火曜日のこの時間またここにいるから、その時に答えを聞かせてもらうよ」

 何故こんなことを言っているのか自分でもよく分からない。ただ、この無垢な画家の悩みに付き合うことは、オレにとっても大きな意味を持つ気がしていた。

「3つ宿題。絵の基礎とは何なのか。自分が描きたいのは、どんな絵なのか。そしてその絵にデッサン力は必要なのか。ゆっくり考えてみな」
「ふいぃ……」
「周りの意見を聞くのはいい。でも答えを求めるのはダメ。他人の意見はあくまでも、自分で答えを導き出すための材料だからな」
「す、スパルタぁ……」
「オレは火曜までここには来ねぇから。海でも眺めながら、よく考えたらいいよ」
「わ……分かりました……」

 不安げに俯きながらも、握りしめた拳からは、やる気と決意が滲み出ている。火曜日に必ず来ることを約束して、彩ちゃんはママチャリで帰って行った。

 もしここが東京だったら、こんなことはしなかっただろう。しかし旅先での偶然の出会いというものは、間違いなく刺激になる。それは自分の絵にも大きく影響するはずだ。

 らしくないことをした。それでもその後ひとりで見た夕陽は、ひときわ輝いて見えた。

「この辺で美術科がある高校って言ったら、タニコウかなぁ」

 帰宅して夕飯を食いながら、今日の出来事を愛茉に話した。もちろん、彩ちゃんとの約束についても包み隠さず伝える。
 
「タニコウ?」
「札幌小谷高校。ほら、今年甲子園出てたじゃん。南北海道代表で。1回戦で負けちゃったけど、すごくいい試合してたよ」

 そういえば、お父さんとそんな話をしていたか。オレは出かけていたので試合を観てはいないが。愛茉もお父さんも、高校野球が好きだもんな。

「それにしても……桔平くんが地元の子と交流するなんて、とっても意外です」
「妬かねぇの?女子高生と一緒だったんだけど。しかもまた会う約束してるし」
「なんもさ。高1の子でしょ?ぜーんぜん子供じゃない」

 “なんもさ”は“どうってことはない”という意味の北海道弁だ。
 随分と余裕だな。20歳になってからというもの、自分は大人だという態度をやたらと出してくる。オレから見れば、愛茉も十分子供だが。
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