ホウセンカ
「まあ最初に2人で来た時は、俺もビックリしたけどな。あの桔平が女の子に笑顔を向けて、ちゃんとコミュケーション取ってるなんてさ。瑛士にも見せてやりたいね」

 瑞巌寺参道の杉並木を描いた絵に再び視線を向けて、マスターが何度か小さく頷いた。そしてその目が、寂しげに細められる。

「あいつが死んで、今年で18年か。早いもんだよ」
「……瑛士さんって、どんな人だったの?」
「今の桔平そのままだよ。特に目がソックリでな。まぁ瑛士の方が愛想はいいし表情豊かだけど、喋り方も仕草も、まるで生き写しだね」

 家にある画集や雑誌で見た浅尾瑛士さんの写真は、確かに桔平くんと瓜二つだった。何となく髪型も似ていたし。

「瑛士さんもかっこよかったんだね」
「ああ、いい男だよ。常に泰然自若として、自分がガンだって分かった後も何も変わらなかった。これが俺の運命だから仕方ねぇって、笑って言ってたな」

 瑛士さんは進行の早いスキルス胃ガンで、見つかった時にはかなり進行していたんだって。
 私のお母さんもガンで亡くなった。そして、同じ40代。どうしても重なってしまって、思わず涙がこみ上げてきた。

「……愛茉ちゃんは、本当に優しい子だねぇ」

 優しいから泣いているんじゃないよ。ただ、自分のために泣いているだけ。私は自分勝手なんだもん。

「あいつの唯一の心残りが、桔平のことだったからな。自分がいなくなったら桔平が塞ぎ込むんじゃないかって、ずっと気にしてたよ。でもこんなに可愛くて優しいパートナーがいるなら、瑛士も安心だろう」
「でも私じゃ、ダメなんだもん」
「そんなことはないだろ。愛茉ちゃんがいなかったら今頃行方不明にでもなってるんじゃないか、桔平は」

 みんな、そんな風に言ってくれる。私のおかげで桔平くんは変わったって。

 確かにそうかもしれない。ヨネちゃんたちが、桔平くんは前より穏やかで話しかけやすくなったって喜んでいたし。何よりお母様や楓お姉さんも、同じことを言っていた。

 でもそれはきっと、表面の浅い部分だと思う。桔平くんの本当の心は、もっともっと奥深くに沈んでいる。そして私はまだ、そこまで辿り着けていないように感じるの。

「瑛士の分までとか瑛士の代わりに、なんて思う必要ないんだからな。愛茉ちゃんは愛茉ちゃんのままで、桔平の傍にいてやってよ」
「うん……」

 マスターに言われると、少し心が軽くなる。桔平くんとお父さんの関係をよく知っている人だし。

 だけどやっぱり、全然足りていないの。だって桔平くんはまだ、自分の絵を描けていないんだもん。落ち着けて安らげる場所がないと、きっと本当の心は出せない。
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