ホウセンカ
「付き合う前……女の人と遊んでたこと、訊いちゃったでしょ……」
「なんだよ、まだ気にしてたのか?前も謝ってたじゃん」
「だって、傷ついたでしょ。割り切れてないって言ってたし……」
「そうだな。けど、きっと一生割り切れねぇよ。オレが抱きたいと思うのは、いつだって好きな女だけだし」
愛茉の髪の香りが鼻腔をくすぐる。オレはこの香りが好きだった。本人に言うと怒られるが、ほどよい肉付きの柔らかい体も好きだし、きめ細かくて透き通るような白い肌も好きだ。
もう愛茉以外の女なんて抱けない。オレにとって愛茉の存在は、理想の絵を描く以上の生きる意味になっていた。たとえ絵が描けなくなったとしても、愛茉さえいてくれたらそれでいい。
「……浅尾……桔平くん」
鼻をグズグズいわせながら、愛茉が顔を上げた。目も鼻も真っ赤になっている。
「ん?」
「呼びたかっただけ。“浅尾桔平”って名前、好きだから」
どうしてこんなに可愛いのか。胸に渦巻いていた重苦しい感情も、愛茉の言動ひとつで綺麗さっぱり消えてなくなる。こんなの、手放せるわけないだろう。どんなことがあっても離れたくない。
「オレも“姫野愛茉”って名前、世界一好きだよ」
「将来は“浅尾愛茉”です」
「浅尾の籍に入っていいんだ?お父さん、泣かないか?」
「ひとり娘なんだから、最初から覚悟してるでしょ。戸籍抜けたって、お父さんはずっとお父さんだし……あっ」
愛茉がオレの服を凝視して声を上げた。
「……鼻水ついたかも」
「鼻水なのか涙なのか分かんねぇな。ビショビショだわ」
鼻水垂らして泣く顔なんて、オレ以外は見せられないだろう。愛茉は自分の顔が綺麗だと分かっているから、どういう表情をつくればいいのか、いつも計算している。そういうところも可愛かった。
「きちゃない……脱いで!はい、ばんざーい!」
「ばんざーい」
言われた通り両腕を上げると、愛茉がオレの服を勢いよく剥ぎとった。色気のない脱がせ方だな。
「お風呂、溜めてくるね!一緒入ろ!あ、風邪ひかないように何か着といてー」
そう言って、オレの服を持ったまま小走りで洗面所へ向かう。
無理矢理明るく振舞っているのは分かっていた。愛茉の性格を考えると、スミレの話を聞いて平気でいられるわけがない。
それでも精一杯オレを励まして、明るい笑顔を見せてくれた。その健気さを思うと、自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
その夜も、いつものように手を握り合って眠りについた。スミレのことを思い出してしまったから、寝つけないかもしれない。そう思っていたが、すぐに寝息をたてはじめた愛茉の寝顔を眺めているうちに、心地良い夢の中へと落ちていった。
「なんだよ、まだ気にしてたのか?前も謝ってたじゃん」
「だって、傷ついたでしょ。割り切れてないって言ってたし……」
「そうだな。けど、きっと一生割り切れねぇよ。オレが抱きたいと思うのは、いつだって好きな女だけだし」
愛茉の髪の香りが鼻腔をくすぐる。オレはこの香りが好きだった。本人に言うと怒られるが、ほどよい肉付きの柔らかい体も好きだし、きめ細かくて透き通るような白い肌も好きだ。
もう愛茉以外の女なんて抱けない。オレにとって愛茉の存在は、理想の絵を描く以上の生きる意味になっていた。たとえ絵が描けなくなったとしても、愛茉さえいてくれたらそれでいい。
「……浅尾……桔平くん」
鼻をグズグズいわせながら、愛茉が顔を上げた。目も鼻も真っ赤になっている。
「ん?」
「呼びたかっただけ。“浅尾桔平”って名前、好きだから」
どうしてこんなに可愛いのか。胸に渦巻いていた重苦しい感情も、愛茉の言動ひとつで綺麗さっぱり消えてなくなる。こんなの、手放せるわけないだろう。どんなことがあっても離れたくない。
「オレも“姫野愛茉”って名前、世界一好きだよ」
「将来は“浅尾愛茉”です」
「浅尾の籍に入っていいんだ?お父さん、泣かないか?」
「ひとり娘なんだから、最初から覚悟してるでしょ。戸籍抜けたって、お父さんはずっとお父さんだし……あっ」
愛茉がオレの服を凝視して声を上げた。
「……鼻水ついたかも」
「鼻水なのか涙なのか分かんねぇな。ビショビショだわ」
鼻水垂らして泣く顔なんて、オレ以外は見せられないだろう。愛茉は自分の顔が綺麗だと分かっているから、どういう表情をつくればいいのか、いつも計算している。そういうところも可愛かった。
「きちゃない……脱いで!はい、ばんざーい!」
「ばんざーい」
言われた通り両腕を上げると、愛茉がオレの服を勢いよく剥ぎとった。色気のない脱がせ方だな。
「お風呂、溜めてくるね!一緒入ろ!あ、風邪ひかないように何か着といてー」
そう言って、オレの服を持ったまま小走りで洗面所へ向かう。
無理矢理明るく振舞っているのは分かっていた。愛茉の性格を考えると、スミレの話を聞いて平気でいられるわけがない。
それでも精一杯オレを励まして、明るい笑顔を見せてくれた。その健気さを思うと、自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
その夜も、いつものように手を握り合って眠りについた。スミレのことを思い出してしまったから、寝つけないかもしれない。そう思っていたが、すぐに寝息をたてはじめた愛茉の寝顔を眺めているうちに、心地良い夢の中へと落ちていった。