ホウセンカ
「オレの子じゃねぇって、思いっきり言われたけどな」
「おいおいおい。どんな女と付き合ってたんだ、お前」

 こういう反応になるのも当然だろう。付き合っていた女が妊娠したのに、オレの子じゃないと言われる。普通に考えたら、浮気されたとしか思えない。

 そうやってスミレを悪者にするのは簡単なことだ。ただオレはスミレを恨んでいないし、醜い感情に支配されたのは自分が未熟だったからで、あいつが悪いわけではない。

 オレはスミレの恋愛スタイルを知ったうえで付き合っていた。それなのにちゃんと受け入れてやれなかったという後悔は、今でもある。

 価値観の相違と言えばそれまでだが、肝心な時に支えられなかったのは、オレの弱さのせいだ。
 
「オレの方がフラれたし、もう3年も前に終わったことだよ。未練も何もねぇ」
「実はお前の子だったとか言って、何か要求されたりしないだろうな?」
「スミレは、そんなことするヤツじゃねぇよ」

 プライドが高い女だから、安易に泣きつくような真似は絶対にしない。そして一度口にしたことは貫き通す性格だ。あの時自分で突き放したオレを今更巻き込むとは思えない。
 
「ならいいが……なんにしても、愛茉ちゃん泣かせたら承知しねぇからな」
「マスターも、すっかり愛茉ちゃんファンだねー。あちちっ」

 ココアを飲もうとして、翔流が顔をしかめる。愛茉も猫舌だが、こいつはそれ以上だった。
 
「当たり前だ。あんな天使みたいな子、なかなかいないだろ。それに今の桔平を見てたら、愛茉ちゃんが“あげまん”なのは明白だしな」
「そうだよねー、顔も声も超絶可愛いもんね。明るくて健気で料理上手で、しかもトランジスタグラマーなんてさ。男の夢詰め放題パックじゃんか。マジ羨ましー」

 愛茉の裏の顔を知らない人間なら、そう思うだろうな。それにあの顔であの体というのは、確かに大半の男にとって垂涎の的だろう。しかも愛茉は、今まで抱いた女と比較にならないほど抱き心地がいい。これに関しては、オレの気持ちの問題が大きいとは思うが。
 
「天使っつーか、愛茉はオレにとっての幸運の女神だな」
「桔平ってさー、そういうこと照れずにサクッと言うよね。北欧の血のせい?」
「別にそれは関係ねぇだろ。大体、本心を言うことの何が恥ずかしいんだよ」
「本心だから照れるんじゃん。てか桔平はロマンチストだよなぁ。自分の彼女を女神だなんてさ。俺なんかロマンが足りないって、いつも七海に怒られるんだけど」

 口を尖らせながら、翔流はココアに息を吹きかけている。
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