ホウセンカ
「俺さぁ、お前が愛茉ちゃんと付き合うようになって、本当に安心してるんだよ。合コンの後、七海もずっと言ってたしさ。早く2人がくっつかないかなぁって。あいつ、愛茉ちゃんのこの相当好きみたい」

 七海ちゃんが気にかけてくれていたのは、愛茉からも聞いている。オレと同じで、生真面目で一生懸命で融通の利かない愛茉が可愛くて仕方ないのだろう。

 愛茉自身が欠点だと思っている部分は、周りから見れば魅力以外の何物でもない。完璧主義者だから、そう言われても納得しないとは思うが。
 
「まーたニヤニヤしちゃってー。ほんっと愛茉ちゃんにベタ惚れだよね、桔平は」
「そうだな。可愛くてしょうがねぇや」

 言いながら愛茉の口を尖らせた顔が頭に浮かんできて、また頬が緩んでしまう。

「すげぇ神経質だし潔癖症だから、いろいろ怒られるけどさ。でも最近分かるんだよ。これやったら怒られるだろうなってのが。オレも賢くなってきたのかもな」
「しつけられてるね。もう夫婦じゃん?さっさと結婚しちゃいなよ」

 翔流は、目の前に置かれた特製パフェにフォークを突き刺した。通常よりチョコレートとホイップを増量してあるので、見るだけで胸焼けがする。
 
「桔平も、いい具合に尻に敷かれてるな。瑛士が言ってたよ。夫婦円満の秘訣は、妻の尻に敷かれることだってな」

 オレはまだ小さかったから、両親がどんな夫婦だったのかはあまり記憶にない。ただマスターが言うように、父はいつも母の言いなりだった気がする。

 唯一立場が逆転したのは、オレが“普通の子供”じゃないと気づいた時だろう。決してオレを否定するなと、強い口調で母に釘をさしていた父の姿は、何となく覚えている。
 
「母さんの場合は尻に敷くというか……振り回してる感じだけどな」
「お前だって振り回されてるんだろ?可愛い可愛い愛茉ちゃんに。瑛士もなんだかんだ言ってエリサちゃんを溺愛してたし、親子そっくりじゃねぇか」
「俺も会ってみたかったなぁ、浅尾瑛士さん」

 チョコブラウニーを頬張りながら、翔流が浅尾瑛士の絵に視線を向けた。

 まったくもって、遺伝とは恐ろしいものだ。父の写真を見ると、自分が日に日に似ていくのを感じる。
 そして父を知る藝大の教授は、オレが絵を描いている姿を見て「浅尾瑛士が生き返ったのかと思った」と驚いていた。そういえば、父も髪が長かったな。

 そこまで似ているのであれば、オレにもあんな清廉な絵が描けるのだろうか。そもそも浅尾瑛士は、何故あそこまで一点の曇りもない美しい絵が描けたのか。
< 338 / 408 >

この作品をシェア

pagetop