ホウセンカ

　特に名物となっているのが、神輿パレードだ。巨大な神輿を担いで大学から上野公園を練り歩き、噴水の前で御輿と共にパフォーマンスを行う。これは毎年、1年生が担当していた。

　オレも1年生の時に経験したが、夏休みの1ヶ月ほどで神輿を制作しなければならないので、かなり大変だったのを覚えている。ただ完成した時の達成感は大きかったし、各学部学科を4グループに分けてチームを作るため、普段は接点がない音楽学部の連中とも縁ができた。

　絵を学びに来たのに、一体何をしているのだろう。初めはそう思ったが、大学祭を通して得たものは大きかった。
　
「おおっ！愛茉姫やないかー！」

　小林が赤法被に黄色いハチマキ姿で、“癒しのひとときヨネダ珈琲”と書かれたプラカードを手に歩き回っていた。果たしてその格好は、店のコンセプトに合っているのだろうか。癒しどころか、うるさすぎるぞ。

「一佐くん！なんか、会うの久しぶりだね」
「いやっ！笑顔が眩しいっ！可愛いっ！きゅんっ！」
「早く客を案内しろよ小林」

　とりあえず、発情期の猿を愛茉から引き離した。こいつはいつも愛茉に対して距離が近い。害でしかないな。

「おおっ！おったんかいな浅尾っち！ほっそーくなってしもて、一瞬分からへんかったわぁ！」

　こんな物言いをしているが、こいつがオレを心配して愛茉に何度もLINEを送っていたことは知っている。

　一見何も考えていなさそうに見えるものの、曲がりなりにも藝大に現役合格した人間だ。頭の回転は速いし、面白い発想力もある。そして何より、些細な変化に気付く繊細さも持ち合わせていた。

　どれだけ表面を取り繕っても、絵を見れば人間が分かる。オレは、小林が描く鳥の絵が好きだった。
　
「いやぁー、ヒデもヨネも喜ぶわ。2人とも大変そうやし、来られへんのとちゃうかって話しとったからなぁ」
「桔平くんがね、今朝急に行こうって言い出したの」
「ほっほぉ……それはアレやな、おれの愛らしい顔を見たかったというわけやな浅尾っち！？」
「そうだな。お前の顔見ると、悩んでんのがアホらしくなるからな」
「いやっ！浅尾っちに褒められたっ！きゅんっ！」

　心底羨ましい。こいつの脳内は、どのような情報もプラス変換される構造になっているようだ。長岡も言っていたが、小林のこういうところは尊敬に値する。嫌味ではなく、本気でそう思う。

「あ、いいニオイがしてきたぁ」

　愛茉が犬のように鼻を動かした。そういえば、そろそろ昼食の時間だな。愛茉の腹時計は、かなり正確だった。

　美術学部のグラウンドには、多くの模擬店が出店している。毎年サークルや有志達が趣向を凝らした店舗を展開し、藝大ならではの混沌とした空気感を演出していた。