ホウセンカ
「あ、あの……浅尾桔平さん……ですよね?」
気が抜けたように2人でぼんやりしていると、30代くらいの女性が、おずおずと話しかけてきた。桔平くんがすぐに立ち上がったので、私もつられる。
「はい、そうです」
「えっと私、浅尾瑛士さんの個展でお見かけした時から、桔平さんの絵の大ファンで。あの、先日のグループ展にも行ったんです。SNSもフォローしてて……こんな所でお目にかかれるなんて、ビックリして……あ、彼女さんといるのに、すみません」
「大丈夫です。ありがとうございます」
笑顔はないけれど、桔平くんの声はとても優しい。
最近は、こうして声をかけてくれる人が増えた。もちろん芸能人みたいな知名度があるわけではないから、本当にたまにだけど。
「あの、これにサインいただけますか?」
差し出されたのは“愛しのホウセンカ”のポストカード。個展で大好評だったから、新聞社が急遽制作したんだよね。自分が描かれたものだから、少し恥ずかしい。
ちなみに桔平くんは個展開催前のインタビューで、この絵について「自分の最も大切な人を描いた」と話していた。だから私の存在はファンの人にも知られている。
「お名前は?」
「香奈です。香るに、奈良の奈」
「香奈さん……はい、どうぞ」
桔平くんがサインする時は、いつも相手の名前と日付を入れる。そして自分の絵に書いているのと同じサインをしてポストカードを返すと、女性はそれを大切に手帳へと挟んだ。
「ありがとうございます。プライベートなお時間に、すみませんでした。あの、これからも応援しています!」
「ありがとうございます」
桔平くんが差し出した右手を頬を染めつつもしっかり握った後、女性は何度も頭を下げながら去って行った。その姿が見えなくなってから、再び椅子に腰を下ろす。
「なんか、対応慣れてきたよね。とてもいい感じですよ、桔平さん」
「スミレに言われてるんだよ。ニコニコしろとまでは言わないけど、とにかく丁寧で誠実な対応をしなさいって」
「あぁ~……スミレさんに逆らうと怖いもんね……」
「うん、すげぇ怖い……この前も怒られたんだよ……ちょっと素の言葉遣いが出ただけなのに……」
思い出しながら、しょんぼりする桔平くん。なんか小さく見えるし。
気が抜けたように2人でぼんやりしていると、30代くらいの女性が、おずおずと話しかけてきた。桔平くんがすぐに立ち上がったので、私もつられる。
「はい、そうです」
「えっと私、浅尾瑛士さんの個展でお見かけした時から、桔平さんの絵の大ファンで。あの、先日のグループ展にも行ったんです。SNSもフォローしてて……こんな所でお目にかかれるなんて、ビックリして……あ、彼女さんといるのに、すみません」
「大丈夫です。ありがとうございます」
笑顔はないけれど、桔平くんの声はとても優しい。
最近は、こうして声をかけてくれる人が増えた。もちろん芸能人みたいな知名度があるわけではないから、本当にたまにだけど。
「あの、これにサインいただけますか?」
差し出されたのは“愛しのホウセンカ”のポストカード。個展で大好評だったから、新聞社が急遽制作したんだよね。自分が描かれたものだから、少し恥ずかしい。
ちなみに桔平くんは個展開催前のインタビューで、この絵について「自分の最も大切な人を描いた」と話していた。だから私の存在はファンの人にも知られている。
「お名前は?」
「香奈です。香るに、奈良の奈」
「香奈さん……はい、どうぞ」
桔平くんがサインする時は、いつも相手の名前と日付を入れる。そして自分の絵に書いているのと同じサインをしてポストカードを返すと、女性はそれを大切に手帳へと挟んだ。
「ありがとうございます。プライベートなお時間に、すみませんでした。あの、これからも応援しています!」
「ありがとうございます」
桔平くんが差し出した右手を頬を染めつつもしっかり握った後、女性は何度も頭を下げながら去って行った。その姿が見えなくなってから、再び椅子に腰を下ろす。
「なんか、対応慣れてきたよね。とてもいい感じですよ、桔平さん」
「スミレに言われてるんだよ。ニコニコしろとまでは言わないけど、とにかく丁寧で誠実な対応をしなさいって」
「あぁ~……スミレさんに逆らうと怖いもんね……」
「うん、すげぇ怖い……この前も怒られたんだよ……ちょっと素の言葉遣いが出ただけなのに……」
思い出しながら、しょんぼりする桔平くん。なんか小さく見えるし。