ホウセンカ
「……あのね。私、運命って信じてなかった。少女漫画みたいな恋なんて、卑屈で根暗な私には無縁だと思ってたの」
 
 甘い甘い少女漫画が大好きだった。でも、現実には起こるはずがない出来事だと分かっていた。運命の出会いなんてない。だって私にとっては“普通”の学生生活すら遠い世界の事だったから。
 
「でも自分を変えたくて上京して、桔平くんと出会って、あっという間に恋に落ちて。こういうのが運命なのかなって感じた。だって桔平くんの言葉は、最初から私の心を動かしてたから」

 バニラの香り、落ち着く声、優しい表情。全部にドキドキして、出会った瞬間からどうしようもなく桔平くんに惹かれていった。それはきっと、運命だったからだよね。

 ぽつぽつ喋る私の顔を、桔平くんがじっと見つめる。あたたかい視線は、出会った日から全然変わらない。だけどあの頃より、もっともっと桔平くんを好きになっているんだよ。

「桔平くんはいつも、私を真っ直ぐ愛してくれる。桔平くんの大きな愛情に包まれているとね、周りの人達に優しくしたいって気持ちが湧いてくるの。そのおかげで、少しはまともな人間になれたと思ってる。桔平くんがいるから自分を許せて、桔平くんがいるから生きていけるの」

 そこまで言うと、また感情が一気にこみ上げてきた。体の奥から溢れて止まらない。
 一番大切なこと。一番伝えたいこと。言葉にしようとするだけで涙が出てくる。でも、ちゃんと言いたい。自分の言葉で。

 もう一度深呼吸して、桔平くんを真っ直ぐ見つめた。

「私……私も、桔平くんを心から愛してます。桔平くんと一緒に、長生きしたい。だから私を、浅尾桔平の妻に……浅尾愛茉にしてください」

 鼻がグズグズで、声が震えて。ドラマや漫画みたいに、綺麗には決まらなかったけれど。まるで世界中の愛を詰め込んだような優しい表情で、桔平くんが両腕を広げた。
 
「もちろん、喜んで」

 人目なんか、もうどうでもいい。私は桔平くんの胸に思いきり飛び込んだ。

 あたたかくて大きな体に包まれて、クリスマスの賑わいが遠く聞こえる。チラチラと舞う雪が、ガス灯の優しい光に照らされて輝く。

 ゴールじゃない。ここからがスタートだよ。桔平くんと私の道。ずっとずっと続いていく、2人の道。迷っても先が見えなくなっても、2人でいれば大丈夫。

 ねぇ、お母さん。私、分かったの。
 変わりたいと願ってどれだけ藻掻いても、自分ひとりでは何も変えられない。周りの人達のおかげで、少しずつ変わっていけるんだってこと。

 それを教えてくれたのは、変わり者だけど繊細で真っ直ぐで、とっても一途な人。この人が傍にいてくれるから、私は心から笑っていられるの。

 お母さん。そして、桔平くんのお父さん。これからも私達を見守っていてください。絶対に、もっともっと幸せになります。
 世界一大好きな、桔平くんと一緒に。ずーっとずーっと、一緒に……。
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