ホウセンカ
 するとお父さんは、私の頭をポンポンと優しく叩いた。

「分かったよ。愛茉がこんな風に言ってくるなんて、初めてだからね。僕は愛茉を応援するよ。やりたいことが見つけられるように、精一杯頑張ってみなさい」

 やりたいこと。そんなもの、別に見つけられなくてもいいの。そのためじゃない。ただ、私を知っている人がいない場所に行きたいだけ。
 お父さん、ごめんなさい。私は親不孝で酷い娘です。だけど生きることを諦めたくない。自分を変えたい。幸せになりたいの。

 それから私は、鏡に映る自分の顔を見つめて毎日暗示をかけた。これは私の顔。私はこんなに可愛い。だから愛されるはずだって。

 鏡だと無意識に美化してしまうらしいから、スマホの自撮りで自分の顔を何度も見て笑顔の研究をした。
 スキンケアをちゃんとして、まつ毛美容液も使って、ヘアケアにも力を入れて。誰から見ても綺麗って言われるように、たくさんたくさん努力をした。

 学校へは相変わらず野暮ったい前髪と眼鏡で通っていたけれど、卒業アルバムの写真撮影日の前日、私は美容室へ行って前髪を切った。

 本当は怖い。でも一生残る卒業アルバムには、可愛い自分を写しておきたかったの。

 翌日は学校に着くまで、ずっと緊張していた。どんな目で見られるかな。またいじめられるかな。そう思うと体が震える。

 でも私は可愛い。誰よりも可愛い。だから顔を上げて胸を張るの。化け物とかモンスターとか不気味とか、もうそんなことは言わせない。大丈夫。きっと大丈夫。
 何度か深呼吸をした後、勇気を出して教室に入った。

「えっ、誰?」
「うわっ、なまら可愛い……」
「転校生?」

 案の定、クラスメイトがざわついている。視線を一身に受けながら、私は自分の席へ向かった。

「ウソ、姫野さん!?」

 前の席の女の子が、目が飛び出そうなほど見つめてきた。他の人たちも目を丸くしている。
 
「おはよう」
「お、おはよ……すっごいイメチェンしたね……」
「前髪切って、コンタクトにしただけ。写真撮影があるから、ちゃんと顔を出そうと思ったの」
「姫野さんって、そんな顔してたんだ……めっちゃ可愛い……」

 そう、これが私の顔。私は可愛いの。あなたたちが知らなかっただけ。

 その日から周囲の目が一変して言い寄る人が増えたけれど、一切相手にせず勉強に集中した。理想の自分へ生まれ変わるために。これまでの私を捨てて、人生をリセットするために。ここからがスタートだから。

 未来の自分は、華やかな東京の街を歩いている。私を一途に愛してくれる人と一緒に。

 そんな日を夢見て、私は“理想の自分”を演じ続ける。いつかそれが“本当の自分”になれると信じて……。
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