ホウセンカ
「桔平くんって、本当に絵描きさんなんだね」
「今まで、ただ派手なだけの奴って思ってたわけ?」
「だって桔平くんが描いた絵を見たの、初めてだもん」
「まぁ、こんなのはただの練習だけどさ。オレが描いた絵なら、大学に展示してあるよ。買えるし」
「え、売ってるの?」
「アートプラザってのがあって、そこで藝大の学生とか卒業生とか教員の作品を展示販売してるんだよ」 
「桔平くんの絵って、いくらぐらい?」
「大きさにもよるけど、大体6万から10万くらいかな。ちょいちょい売れてるらしいよ」
 
 それって安いの?高いの?絵画の相場がまったくわからない。でもやっぱりすごいな、自分で描いた絵が売れるなんて。

 桔平くんは、新しいページにまた何かを描きはじめた。

 思っていた通り、絵を描いている時の桔平くんの目は真剣そのもので、ついつい見惚れてしまう。でもその横顔をぼんやり眺めていたら、胸の奥がざわざわしてきた。
 
「……話しかけてもいい?」

 また新しくページをめくったタイミングで、声をかける。桔平くんはスケッチブックをテーブルへ置いて、私に向き直った。
 
「うん、どうした?」 
「桔平くんは、私のどこが好きなの?」

 どう考えても、桔平くんみたいな人が私を好きになる要素なんてない。見た目が好みとしか思えないんだもん。明確な理由が分からないと、やっぱり不安になってしまう。

 桔平くんは片眉を上げて、軽く首をひねった。
 
「それ、どこが嫌いかって訊かれてるのと同じ感じがするんだよな。ここが好き、ここは嫌いって選り分けるみたいでさ」

 やっぱり、よく分からない答え。例えば優しいところとか明るいところとか、ここが好きだなって感じるところがあるものじゃないの?

「言っただろ。オレはただ愛茉のこと知りたい、一緒にいたいってだけで、それがなんでかは分かんねぇって」
「じゃあ、一緒にいて私のことをもっと知って、もし思っていたのと違ったら?」
「なに、そんなこと気にしてたわけ?」
「だって、ものすごく性格が悪くて意地悪でワガママで、桔平くんを振り回すような女だったらどうするの?好きじゃなくなるでしょ?」
「いいよ別に。思い切り振り回して、どんどん困らせてよ」

 その言葉に、揶揄するような響きはない。まったく曇りのない瞳だった。

「勝手に型にはめて、勝手に幻滅する人間も多いだろうけどさ。オレは愛茉がどんな人間だろうと、別に構わねぇよ。他人にアレコレ求められるような高尚な人間でもねぇし。ただ、愛茉がそういうことを気にしてるのは、すげぇ可愛いなって思うよ。オレを好きってことじゃんか」
「そ、そんなこと言ってない」
「好きだよ、絶対。オレに嫌われたくないのは、オレのことが好きだから。それ以外ねぇだろ?」
 
 グレーの瞳に射抜かれる。口を開くと何かが零れ落ちてしまいそうな気がして、必死に唇を噛み締めた。
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