ホウセンカ
 それからというもの、桔平くんは会う時間を頻繁につくってくれた。お互いの家を行き来して、一緒にご飯を食べたり泊まったり。

 そして桔平くんの寝起きの悪さを目の当たりにしたから、泊まっていない日の朝はいつも電話して起こすようにした。ずっと鳴らしてもなかなか起きないことが多いけれど、電話に出た時の寝ぼけた声が可愛くて可愛くて。
 こういうの、ギャップ萌えっていうのかな。すっかり沼に落ちちゃった。

 そうやって一緒に過ごす時間が増えていくと、いろいろなことが分かってきた。

 桔平くんは、やっぱりミックスジュースが好きだってこと。チュッパチャプスはレモンスカッシュ味しか食べないってこと。犬歯が結構尖っていて可愛いってこと。寝る前には必ず、ウイスキーをロックで飲んでいること。

 そして、桔平くんはまったく怒らない。イライラしている様子も見たことがない。ずっと並んでいる列に横入りされても、何でもないような顔をしていた。

「自分にイラつくことはあるけど、興味ない他人に感情を使いたくはねぇからさ」

 そう言っていたけれど、それってすごいことだと思う。
 他人だけじゃなくて私にも怒らないし、イライラしない。私は何かにつけて決めることに時間がかかるし優柔不断だから、桔平くんを待たせてばっかりなのに。

 前から感じてはいたけれど、桔平くんの心は空よりも広いんじゃないかな。どうしてそこまで寛容になれるのか、猫の額より心が狭い私には分からない。でも大きく包み込むような桔平くんの優しさは、私にとってなくてはならないものになっていた。

「愛茉は小樽に帰る?」

 7月に入ってすぐ。桔平くんの部屋のベッドでゴロゴロしている時に、夏休みの予定を訊かれた。
 
「ううん。帰っても誰もいないし」
「そっか」
 
 お父さんは仕事で家を空けてばかりだし、きっと彼女がいるだろうから、私が帰っても邪魔になるだけ。会いたい友達なんていないし、帰省したいとはまったく思わない。

 付き合い始めてからも、桔平くんは私の家のこととか昔のことを無闇に訊いてこなかった。今みたいに「そっか」の一言で終わらせてくれる。
 
「じゃあ、10日はどっか行くか」
 
 桔平くんが私を抱き寄せながら言う。
 8月10日。私の誕生日。確か合コンの自己紹介でチラッと言っただけなんだけど、覚えていてくれたんだ。
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