ホウセンカ
「あの、別についていくって決めたわけではないので。ば、場所によるというか。それによっては、ここで帰ります」

 一応、毅然とした態度で言ってみる。
 すると浅尾さんは、コンビニの灰皿に煙草を捨てて私をじっと見降ろしたあと、にやりと笑った。
 
「……なんか、やらしいこと考えてない?」
「かっ考えてないです!」

 脊髄反射のように慌てて答えると、浅尾さんが吹き出した。
 
「顔、真っ赤。可愛いな」

 これは女慣れしてる。この人は、絶対“そっち側”だ。
 可愛いなんて言われ慣れているのに、相手が浅尾さんだと心臓がうるさくなってしまう。きっと、この声と色気のせいだわ。
 
「愛茉ちゃんって、処女だろ?」
「えっ!?」
「図星か。こういう勘は当たるんだよね、オレ」

 あ、カマかけられた。
 別に処女がバレるのはいいんだけど、そんなの初対面の女の子に向かって言う言葉じゃないと思います。

「安心してよ。いきなり処女に手出すほど、鬼畜ではないつもりだから。今は性欲より食欲満たしたくてさ。ラーメン食いに行こうぜ」

 ひとしきり笑ったあと、浅尾さんが言った。

 ……ちょっと待って。合コンに行って、こんなに可愛い女の子と抜け出して、行く先がラーメン屋?

 普通は、もっとオシャレなお店じゃないの?カウンターのあるバーとか……いや、お酒は飲めないけど。
 それとも、都会の人ってこうなの?これがスタンダード?

 私の戸惑いを見透かすように、浅尾さんがまた意地悪な視線を向けてきた。

「やっぱり、なんか色っぽいこと期待してた?」
「ち、違います!ラーメンっていうのが、意外だっただけで」
「だって、まだ酒飲めねぇんだろ?」

 それにしたって、ラーメン。ていうかこの人、さっきもひたすら食べてなかったっけ。

 私を口説く気はないってことなのかな。それとも庶民派アピールで、親しみやすさを出そうっていう作戦なのかしら。
 
「飲み直すってわけにもいかねぇし、それなら締めはラーメンだろ。ラーメン嫌い?」
「好きです」

 あ、つい食い気味に……。でも、ラーメンに罪はないわ。
 
「即答するほど好きってことね。ここから少し歩いたところに、旨いラーメン屋があるんだよ。だから一緒にどうかなっていう、お誘いです」

 さっきまでの意地悪な顔から一変して、今度は優しい表情で浅尾さんが言った。
 そんな風に言われると断れないじゃない。ラーメンだし。
 
「……まぁそれなら、ご一緒してもいいです……」
「あ、敬語いいから。苦手なんだよね、敬語使われるの」
「分かりま……わ、分かった」
「んじゃ、行こうぜ」

 とりあえず、体目当てではないのかな。油断させるために、最初はそう思わせているだけっていうことも考えられるけど。
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