ホウセンカ
「夏休みだと、どこも人多いよ」

 桔平くんは人混みが苦手だし、絶対猛暑だし……。今でもこんなに暑いのに、8月の気温を考えると怖い。私、溶けるんじゃない?

「誕生日なんだし、愛茉が行きたいところ行って、やりたいことやるのがいいだろ」
「うーん……。私は桔平くんと一緒にゆっくり過ごせたら、それでいいんだけど」
「それじゃ、いつもと変わんねぇじゃん」
「うん。いつもと変わらなくていいんだよ」

 だって、桔平くんと一緒にいること自体が特別なんだもん。一日中一緒にいられるなら、それが一番嬉しいに決まっている。

「でも、飯ぐらいは食いに行かね?さすがに誕生日に作ってもらうのは気が引けるわ。オレが作れるのは、たまごかけぐらいだし……」

 桔平くんが言うと「たまごかけ」という単語が妙に可愛く聞こえて、思わず笑ってしまった。
 
「……なんだよ」
「だって、卵を割るだけなのに」
「割り方ってのがあるだろ。ちなみにオレ、片手で割れるから。手先の器用さには自信があります」

 私の眼前で左掌を広げて、ドヤ顔で言う桔平くん。案外子供っぽいところもあるんだよね。今度、卵をいっぱい使う料理を作ってみようかな。それで、桔平くんにガンガン割ってもらおう。

「桔平くんの手、大好き」

 その大きな手に自分の手を重ねると、指を絡めてギュッと握られた。
 
「可愛すぎかよ」

 キスをする前、桔平くんはいつも優しく笑う。その瞳を見るだけで大好きって思ってくれているのが分かるし、唇からどんどん感情が流れ込んでくる。

 会う時には必ず、たくさんキスをしてくれて。恥ずかしいっていう気持ちは薄れてきたけれど、ドキドキするのは相変わらず。
 
「プレゼント、何が欲しい?」

 唇を離して私の頬を撫でながら、桔平くんが言った。
 
「うーん……」
「“なんでもいい”はナシで。それ言われると、マジで分かんねぇ」
「じゃあやっぱり、アクセサリーかな」
「王道だな」
「できれば、毎日身につけられるものがいい」
「そうだなぁ……考えとくわ。愛茉は何食いたいか考えといて」
「うん」

 ギュッと抱き合って、また唇を重ねた。
 暑くても、くっつきたい。桔平くんの体温を感じていたい。空っぽだった私の体が桔平くんの“大好き”で満たされて、この上なく甘い夢に引きずり込まれていく。

 毎日毎日願っていた。こんな幸せな日が、ずっと続きますようにって。

 でも、さすがにテスト前はなかなか会えない。しかも桔平くんの学校とはテスト期間が絶妙にズレているから、7月は2人でゆっくりする時間がほとんど取れなかった。桔平くんは7月中旬にテストが終わるけど、私は月末。その間は、LINEや電話でのやり取りばかりだった。
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