ホウセンカ
 安い女と思われるのだけは嫌。簡単に切り捨てられそうな関係なんて、望んでいない。ちゃんと私だけを愛してくれる人がいい。

 でも、初対面でノコノコとついて行く時点で、既に軽いと思われているのかな。そもそも、浅尾さんはどうして私を誘ったの?

 隣に座って会話をしたのは、ほんの数分。それなのに、他の子じゃなくて私を誘ったのはどうしてなんだろう。後ろをついて行きながら、悶々と考えてしまった。

「ごめん。オレ、歩くの速かった?」

 浅尾さんが振り返って言った。その声色は、とても優しい。
 
「あ、ううん。この辺あまり知らないから、キョロキョロしちゃって」
「そう。じゃあ今度昼間に案内するから、今はできれば隣歩いてくんねぇかな。この辺は飲み屋が多いし、変な奴に絡まれると面倒だろ」

 言い方はぶっきらぼうなのに、どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう。知り合ったばかりの人に感情が揺さぶられるのは、なんだか少し怖い。

 それでも浅尾さんについて行くことに、不思議と不安はなかった。

 小走りで駆け寄って、隣に並ぶ。男の人とこんな風に歩くのは初めてで、距離感がよく分からなくて。間違って触れてしまわないように、少しだけ間隔をあけて歩いた。

「……浅尾さん、明日早いから途中で帰ったんじゃないの?」
「別に、なんもないよ」

 浅尾さんは背が高いから、声が頭上から降ってくる。
 やっぱり好きだな、この声。
 
「え、何もないのにどうして?」
「気分」

 気分って……。悪びれもせずに言うし。
 マイペースというか、自由というか。掴みどころがない人だなぁ……。
 
「最後までいると面倒なことが多いから、とりあえず気分次第で帰るって毎回言ってんの」
「せっかく合コンに参加したのに、途中で帰るのってもったいなくない?」
「ある程度、楽しめたらいいからさ。社会勉強みたいなもんだし」

 社会勉強って、どういうこと?
 それに、そんなに楽しんでいるようには見えなかったんだけど。この人は、彼女が欲しくて合コンに参加しているわけじゃないのかな。まぁ、女には困っていなさそうだもんね。

「じゃあ、なんで私を誘ったの?」

 一番訊きたかったこと。
 浅尾さんがどういうつもりで合コンに来ていたのかはよく分からないけれど、どうして私を誘ったのかは、すごく気になる。
 やっぱり、あの中で私が一番可愛かったからかな。
 
「何となくだな」

 特に考えもせず、浅尾さんが言った。
 本当は顔でしょ。私の顔が可愛いからなんでしょ。でもそう言うと軽い印象になるから誤魔化してるんだよね、きっと。

 その答えに私が不満を持ったのを感じ取ったのか、浅尾さんは私の顔を覗き込んで、にやりと笑った。
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