愛を教えて、キミ色に染めて【完】
「あ、あの……」
「ん? どうかした?」

 聞き耳を立てていた事に気付かれていないと思っている円香は、先程の電話の内容を深く聞く事が出来ず、思わず口ごもる。

「……えっと……その、私、どうして此処へ? その、此処は、伏見さんのご自宅、なんですよね?」

 しかし、いつまでも黙っていては不自然かと思い、ひとまず電話の内容には触れず自分が置かれている状況を改めて整理する事にした円香は伊織に問い掛けた。

「あー、その感じだと、やっぱり覚えてないんだ?」
「その、私、気分が悪過ぎて眠ってしまったんですよね?」
「まあ、それはそうなんだけど……ほら、起きた時、服着てなかったでしょ?」
「!」

 伊織の言葉にハッとした円香。電話の内容が衝撃的過ぎて、起きた時に自分が下着姿だったという事をすっかり忘れていたのだ。

「そ、そうでした。その、服が見当たらなくて、椅子にかけてあったこのカーディガンをお借りしてしまいました、すみません……」
「いや、まあそれも別に良いんだけど……その状況で、何となく分からない? どうして此処に居るのかって事がさ」
「え?」

 伊織の問い掛けに、円香は首を傾げて考える。

「…………」

 考えた末に辿り着いた答えは、お持ち帰りされたという事。

 その考えに至ったのは主に漫画などの影響なのだが、異性との交流すら無い円香は当然交際経験なども無い訳で、そんな自分が異性の部屋で下着姿だったという事実を改めて思い返すと飛んでもない事態だと焦った結果、

「あ、あの……やっぱり私、お持ち帰りされちゃったんでしょうか!?」

 なんていう突拍子も無い言葉が伊織に投げ掛けられ、それを聞いた伊織は一瞬固まってしまう。

(……何言ってんだ、コイツ)

 円香は至って真剣なのだが、伊織からすればふざけているようにしか思えない。

「はあ……、忘れてるようだから教えてやるよ。アンタは気分が悪いって俺に寄りかかった瞬間、俺の前で吐いたんだよ。おかげで俺もアンタもゲロまみれ。他の奴らは引いてたし、店に入る事も出来なきゃタクシーすら乗れない。アンタの家も知らねぇし、仕方ねぇからおぶって此処まで帰って来たんだよ」

 円香のあまりの天然ぶりにイラついた伊織は爽やかな男の演技を止めて、いつも通りの口調で外での惨劇を聞かせた。

「えぇ!? そ、それは大変失礼致しました! 何とお詫びすれば……」

 まさか自分の粗相が原因でこうなっていたとは思いもよらなかった円香は勢いよく頭を下げて平謝り。

(……コイツ、本当にただの天然なのか? いや、やっぱりこれも演技なのか?)

 慌てふためく円香を前に、果たしてこれは天然なだけなのか、それとも油断させる為の演技なのかが未だ分からず、伊織は頭をフル回転させながら考える。
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