愛を教えて、キミ色に染めて【完】
「それで? 用件は忠臣さんからの預かり物だろ?」
「ああ、そうそう。これね」

 問われて用事を思い出した雷斗は懐から小さい封筒を取り出すとそのまま伊織に手渡した。

「…………」

 渡された封筒を開けるとすぐに中の紙に目を通す伊織。

 そんな二人の光景を少し離れた場所で見ていた円香はひとまず雷斗に飲み物を出そうとキッチンへ向かう。

(もしかして、お仕事に関する事かな? それだったら、私は居ない方がいいのかも)

 お湯が沸いてコーヒー淹れた円香はカップを二つトレーに乗せると、難しそうな表情を浮かべて何かを話し合う二人に声を掛ける。

「あの、コーヒーを淹れたので、良かったらこちらへどうぞ」
「ああ、悪いな」
「ありがとう、円香ちゃん」

 円香の声掛けに反応した二人はそのままコーヒーカップが置かれたローテーブルの前へ移動する。

(聞いちゃったらいけない話かもしれない、やっぱり今日はもう帰ろうかな)

 二人の邪魔にならないよう寝室に移動していた円香だったけれど、手持ち無沙汰なのと自分はここに居ない方が良いのではないかという考えを纏め、

「――あの、伊織さん。お仕事のお話のようですし、今日は私、帰りますね」

 荷物を手にした円香が再び声を掛けると、

「はあ? 何言ってんだよ。お前はここに居て良いんだよ。つーか寧ろ帰るのはコイツ。雷、お前早く帰れよ」

 驚きと不機嫌さが滲み出ている伊織は雷斗に帰るよう促した。

「分かった、帰りますよ。それじゃあ円香ちゃん、コーヒーご馳走様でした」
「いえ……」

 伊織が不機嫌なのを察した雷斗はそそくさと立ち上がると、円香に声を掛けて玄関へ向かって行く。

 伊織はその場を動かずノートPCを広げて何やら調べ物を始めたので、円香は一人で玄関まで行き雷斗を見送った。

 部屋を出てマンションの廊下を歩く雷斗は思う。

(何だよ、伊織の奴。話と違うじゃねぇか)

 伊織の話では円香と付き合っているのはあくまでも駒として使う為、雪城家が情報収集に役立つかもしれないという事。

 けれど、伊織の円香に対する態度を間近で見た雷斗の見解は全く違うものだった。

(つーか、円香ちゃんみたいな女を彼女に選ぶとか、正直びっくりだな……。これまでの女と真逆じゃんか)

 これまで伊織が駒として付き合っていた女は大抵男遊びが激しそうな女や水商売関係の女ばかりで、男慣れしているかプライドの高い女が殆ど。

 それが今回は円香のような男慣れも恋愛慣れもしていない、真面目で一途そうなタイプは伊織が一番避ける女だと思っていただけに、雷斗は酷く驚いていた。

(それに伊織のアレ、無自覚なのか? 彼女との時間を邪魔されて不機嫌って顔に書いてあったし……)

 二人の今後が少しだけ気になった雷斗は定期的に探りを入れようと心に決め、エレベーターで下の階まで降りていった。
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