愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 時同じくして、

「円香お嬢様、旦那様がお呼びでございます」

 帰宅するなり円香の部屋に家政婦がやって来ると、父親が呼んでいる事を伝えられた。

「分かりました、すぐに参ります」

 休む間もなく、荷物を置いた円香はそのまま父親の部屋へと向かって行く。

「お父様、円香です」
「入りなさい」
「失礼します」

 ノックをして名乗ると入るよう促された円香はドアを開けて中へ入ると、そこには母親の姿もあった。

「お母様もいらっしゃったのですね」
「ええ」
「円香、そこに座りなさい」
「はい」

 両親が座るソファーの向かい側に腰を下ろす円香。

 一体何事だろうと円香は思う。

 もしかしたら伊織との事がバレてしまったのではないか、そんな事を思いながら一人焦っていると、父親から思いもよらぬ話を聞くことになった。

「実はな、円香。今、私の会社は経営難に陥っているんだ」
「え?」
「何とか持ち堪えてはいるが、このままでは危ないかもしれない」
「そんな……」

 父親の話によると、信頼のおける人物からの誘いで新たな事業に取り組んだものの上手くいかず、会社経営にも影響が出る程の損失を負ってしまったとの事。

 とにかく経営を立て直すには資金が必要なのだが、その調達に手こずっているらしい。

「そこでな、一つだけ良い話を貰ったんだが、それには条件があるんだ……」
「条件?」

 父親はそう言ったきり口ごもってしまい、円香は首を傾げるばかり。

「お父様、その条件というのは一体……?」

 何故かその続きを口にしない父親を不思議に思った円香が問い掛けると、

「――その、条件というのが……融資してくれる家の次男坊とお前の結婚……なんだよ」
「え……結婚……私が?」

 思いもよらぬ言葉に、円香はただ驚くばかりだった。

(私が、結婚? 好きでもない人と、一緒にならなければいけないの? 私には、伊織さんがいるのに……)

 衝撃的な展開についていけず、一瞬目が眩んだ円香。

「円香には悪いと思ってる。ただ、相手は江南 (えなみ)家と言って、しっかりした家柄だ。相手はこちらに婿養子として来てくれる訳だから私や母さんからすれば、お前を手放さなくて済むのは本当に嬉しいんだ。それに……近頃のお前には、何やら悪い虫が付いているようだからな……。私は心配なんだよ。分かってくれるな?」

 しかも、どうやら伊織との事も気付いていると確信した円香は、いざその場に立たされると何も言えなくなってしまう。

「来月の初めに両家の顔合わせがある。そのつもりで居なさい」
「そんなっ、お父様!」
「話は終わりだ。部屋へ戻りなさい」
「嫌です! 私、そんな……」
「おい、誰か居ないのか?」
「はい、旦那様お呼びでしょうか?」
「円香を部屋まで連れて行ってくれ」
「お父様!!」
「かしこまりました。さあお嬢様、お部屋へ参りましょう」
「お父様! お願いですから、話を聞いて!」

 結局、円香の父親は彼女の話に耳を傾ける事はなく、円香は家政婦によって強制的に部屋へ連れて行かれてしまうのだった。
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